2015年4月アーカイブ

「友達と一緒に塾に行ってみたい」という言葉で名進研に入会したのは五年の春。「新しいものを学ぶことが好き」な息子の心を刺激したのが名進研の授業でした。たくさんの名進研の宿題の量を一度も嫌がることなくやり通せたのは、「努力は人を裏切らない」という言葉と共に送られた名進研からのたくさんのメッセージとその名進研の指導力に他ならないと感謝しています。その言葉で突き進んだ六年の冬。体調管理には気をつけていたものの、まさかの受験二日前の右手首骨折。どうなる事かと思いましたが、幸い書くことがなんとかでき、合格することができました。この中学受験を通して、息子は根気と自信と達成感を得たように思います。

毎回のきめ細かな名進研の父母会でのアドバイスは、大変参考になりました。それを筆記し、帰宅して要点を伝える事で、親としての受験のイメージを作り、子供の確認の声掛けをするポイントがつかめました。親子ともはじめての受験で戸惑う中、名進研のアドバイスどおりできないことも勿論多かったのですが、どうすべきかを示されている分、名進研からの道標があったのは嬉しかったです。

私が子供に対して受験に向けて配慮したことは次の事でした。

自分らしく輝くために

名進研で南山中学校女子部合格。試行錯誤の末、ようやく手にした栄冠。今振り返ると、習い事と受験勉強との両立に悩み苦しんだ三年間だった。

我が家では、娘の個性を存分に伸ばしてやりたいと考え、幼少の頃からバレエ、水泳教室等に週三回通わせていた。四年で名進研に入会しても、その生活は変わらなかった。

五年になり、理社が加わり名進研のゼミに参加すると多忙をきわめた。人より勉強時間が少ない分、質で勝負する必要があった。そこで、毎月の名進研の保護者会には必ず出席し、時には名進研で面談して頂き、効率的な勉強法の情報収集に努めた。

ところが、それまで安定していた成績も、六年を境に激変した。

この度、愛知工業大学附属中学校(特奨)、名古屋中学校、南山中学校男子部に合格し、四月より南山中学校男子部へ進学いたします息子の母です。

名進研の皆様本当にお世話になりました。

私立中学校へ行くことになったきっかけは四年生の秋の名進研との出会いです。恥ずかしながら、当時は「名進研」のことを知りませんでした。私が仕事に行っている間、塾にでも行っていてくれたら安心。という程度の軽い気持ちでのスタートだったのです。

息子は名進研の入会テストでは、JSクラスに入ったものの、ものの見事に次の名進研のテストでJAになりました。親がこんな気持ちで名進研に通わせていれば、子供も受験を目標に勉強するわけもありません。ある日、もう名進研はやめたいと言い出しました。「僕はなんで名進研に行かなくちゃいけないのかわからない。受験をしたいとも思っていないのに!」と。この時私は、「じゃあ一度JSに入れたらやめていい」と言ってしまいました。すると、息子は

愛深ければ、為すこと多し

この春から、息子は第一志望校の東海中学校に通います。名進研に入ったのは、ちょうど三年前の今頃、三年生の三月でした。思えば、長い道のりでしたが、家族が一つになって過ごした濃い時間でもありました。

小学校一年生より、息子には通信教育をやらせていました。カラフルで楽しく勉強ができるその教材に慣れていた息子は、名進研の「小さい文字で、イラストもない難しいテキスト」に、当初かなりびっくりして、尻込みした様子でした。それまで、せっかく「勉強は楽しい!」と思っていたのに、これではいけない!と思い、親子の二人三脚(時には、夫も入れての三人四脚)での勉強がスタートしました。

クイズを出し合ったり、名進研のテキストの特製プリント(息子ができなかった問題のみを抜き出したプリント)を作ったり。息子が勉強をするダイニング・テーブルの横には、できる限り座って、わからない問題は一緒に考えるようにしました。

五年生まで息子は他塾に通っていました。息子の性格は好奇心旺盛で活発、その反面集中力が散漫で、勉強を少しやっては喉が乾いたと冷蔵庫を開け、トイレに行ったかと思えば中で読書にふけっていたりして、「いい加減にしなさい!」とカミナリを落とさなければいけない場面が多くありました。勉強も内容が難しく横について教えてやらなければこなせない事があり、母としては疲れ果てていました。これは勉強の方法を変えた方がいいかもしれないと考え、六年生の四月から名進研に入会しました。

家での様子を名進研の先生方に相談すると、「名進研の先生は、勉強するのは本人ですから、お母さんは健康管理と栄養のあるお弁当を作って上げてください。あとは名進研におまかせください。」と名進研の先生から頼もしい言葉をいただき、それから我が家の生活は一変しました。それまでは怒りながらやらせていた勉強が、息子まかせになりました。読書好きの息子は、家で暇さえあれば読書していました。休みの日などは何時間も読書にふける事もざらでしたが、勉強はやらなくていいの!?と爆発しそうになる気持ちをぐっとこらえて、「今休憩中なの?」と声をかけました。息子からは、「うん、でも今から勉強するんだ。」と穏やかに返事が返ってきて、実際すぐに勉強を始め、何時間も集中するようになりました。主人もあえて口出しせず、常に優しく見守ってくれました。息子が落ち込んだ時が父としての一番の出番で、「全然、気にするな。おまえの実力はこれから発揮しろ。おまえならできる。」と声をかけていました。

怒りながら親子で勉強するスタイルをやめ、親は子どもの精神面をフォローし、優しく言葉をかけるようにしてから家の中の雰囲気が変わり、何より息子が変わりました。叱り飛ばしていた一年前がウソのように、自分でやり始めました。息子は名進研で素晴らしい名進研の先生方に出会い、勉強の楽しさを知り、目標を持って努力するようになりました。今思えば、それ(名進研に入会したこと)が息子を合格に導いたと思います。息子は愛知中学校、名古屋中学校、滝中学校、東海中学校と合格でき、第一志望だった東海中学校へ進学する事になりました。

春休みに東海中学校の教科書をパラパラ開き、「楽しみだなあ。」とうれしそうにしている息子の姿を見ると、一年前名進研に入会すること決心し、親が変わる事ができてよかったという思いと、息子のやる気を最大限に引き出し、勉強だけでなく、人としても成長させてくださった名進研の先生方に感謝の気持ちでいっぱいになります。本当にありがとうございました。

受験を通して、名進研で親子共に成長し、学ぶ事の多かった一年だったように思います。この名進研での経験を生かして新たなスタートラインに立った息子がさらに成長していってくれると信じています。

デコレーションメール

娘が名進研に入ったのは五年生になってからでした。生まれてから三年生までを海外で過ごし、四年生からはじめて日本の小学校に通うことになったので、まずは生活に慣れ、のんびりゆったり過ごす事が大切だと考えていたからです。名進研に塾に入るまでは何もしなくても特に勉強で困ったことはなく、五年生からでも十分だろうと甘く考えていましたが、いざ名進研に入ってみると、授業内容も難しく、名進研と学校の違いに娘もとまどったのではないかと思います。周りの名進研の子はみんなできるのに、私だけわからない…とよく落ち込んでいたものです。

六年生までは、毎日の名進研の授業と名進研の宿題をこなすのに精一杯で、名進研のテスト前勉強や自主勉なども全くやらず、名進研の日曜ゼミも受講していませんでした。それが、六年生後半で急に自習をしていくと自分から言い出したのです。

貴重な日々

名進研とは、十ヶ月という短い間、通わせていただきましたが、娘にとって凝縮された貴重な日々だったと思います。
六年生の春休み直前、娘の中学受験を決め周りの母友達から名進研を勧められ通いはじめました。
始めての授業の日、娘は疲れきっており、一番後ろの席で辛かったのか、泣きながら「授業が全くわからない。受験をやめる。」と訴えたので、名進研の先生に相談したところ、「大丈夫です。授業のときの目が真剣ですから。」といってくださったので安心してお任せすることにしました。

二人の受験を終えて

「姉と同じ金城学院中学校に行きたい。」思ってもみない妹の言葉に不安いっぱいの私達でした。姉の受験は突然の引っ越しが中学三年の時期に重なるために急に五年生冬からのスタートで、子どもも親も余裕がなく、そんな中私の父、母が十二月、一月と亡くなり、よく合格してくれたと思うばかりで終わった受験でした。妹はスポーツ大好きで、とても名進研の日ゼミ、名進研の夏期講習に名進研の正月特訓などまずついていけるかと(姉の様子を知っているだけに)何回も本人に確認しましたが、「がんばる。」と一言が返ってきました。とても人見知りなので、名進研の先生へ質問できないだろうと…。そこは卒塾生の姉がわからないところはフォローしてくれることで、安心できました。

スリル満点の珍道中

四年生の冬休み。息子は名進研の冬期講習を受講しました。それが私たち親子にとって大きな転機になろうとは、その時は知る由もありませんでした。その年の二月に、憧れていたお友達のお兄さんが難関中学に次々と合格された事に刺激を受け、息子は受験を決意したようです。

受験の日を迎えるまでの名進研での二年間を振り返ってみると、実にスリル満点の珍道中でした。きっと名進研の先生方も同じ思いをされた事でしょう。息子はケアレスミスの天才で、字の間違いなんて数知れず、ありとあらゆるミスを繰り返す「ポカミス男」だったのです。ケアレスミスだけで何十点と落とす事が度々あり、泣くに泣けない情けない思いをしていました。そんな息子も六年から名進研のテストゼミを受講しテスト慣れしていくうちに、少しずつミスが減ってきました。あと、ほんの少し母親として努力した事があります。それは、毎回の名進研の宿題と、テスト直しの丸つけです。この段階でかなりの間違いが見つかりました(息子は間違っていても丸をつけてしまうような子でしたので)。

毎回出される名進研の宿題と、テスト直しをとにかく真面目に取り組み、あとは名進研の先生方を信じて頑張った二年間でした。おかげで、息子は四校から合格を頂き、四月からは東海中学校へ通います。ケアレスミスに悩んだ日々も、今となっては良い思い出です。最後になりましたが、お世話になった名進研の先生方、ありがとうございました。共に頑張った名進研のお友達、ありがとうございました。

合言葉

合言葉は、「合格体験記を書くよ」でした。
みごとに、関西創価中学校に合格することができ、とても嬉しく思います。

名進研との出会いは、近くの塾に行きましたが、中学受験コースはなく、「確実に合格させたい」と思い、名進研を選びました。受験校に合格した先輩が、名進研生だったことも大きな要因です。名進研をはじめて訪問したのは五年生の秋。名進研の先生より、「お母さんはお子様の健康面だけをしっかり頼みます。勉強面は名進研に任せてください。」と、はじめてのアドバイス。「~すっごい自信だ~」と心の中でつぶやき、また、「ここで勉強すると、関西創価中学校に合格できるんだ~。ここで、息子の人生を拓いていこう」と、決意しました。

娘は二年間名進研にお世話になりました。入った当時はJAクラスでした。名進研でテストを受けるたびに成績が上がり、五年生の後期には、なんとかJSの前列に座れるようになりました。そのころは毎回、名進研のテストの結果が楽しみでした。娘はと言うと、名進研で授業のある日は夜11時すぎまで名進研の宿題を頑張っていた様です。

六年生からの名進研テストゼミのクラスは、俊秀からスタートすることができ、とても幸運でした。しかし、

忘れられない一言

「私、私立の中学校に行きたい!」
娘の突然の告白が五年生二月の半ばでした。
両親ともに公立の中学校、高校出身であったので、最初はただただ戸惑い、私立中学校に行きたいのではなく、小学校の中で何かあったのでは?とも思っていました。

そんな親の心配をよそにインターネットで学校を調べ、入学後の部活まで決め、「塾に行きたい。」と言い出したのです。そんな時に新聞の折り込み広告で名進研を見つけ、「新六年生最終入会」の文字にあわてて名進研の説明会に出かけたのを覚えています。その時に、「一年間で(合格まで)間に合いますか?」の私の問いに、「自信があるので、ここが最終入会です。」と名進研の先生にはっきり言われたことを今でも忘れません。

その後、飽きっぽい娘のことなので、途中でやる気をなくすようであれば、地元の中学へと思いながらも、私も実際に名進研の学校説明会や父母会などで私立中学校の良さを知り、きっかけとなった学校から志望校を若干変更はしたものの、自分が行きたいと思っている学校以外は受験しないこと、あくまでも小学校生活を優先し、休まずに通うこと、の二つの約束をし、一年間娘のやりたいように家族で協力・応援をしました。五年生までの生活とは一変、復習、名進研のテストゼミ、名進研の正月特訓と全てを自分の意志で受講、やり遂げていました。途中、学校のお友達との遊びを断ることなど葛藤はあったようですが、「名進研は楽しい!」と言い切り、一度も信念が曲がることなく、一年間をやり通し、椙山女学園中学校の合格をつかむことができました。

名進研でのこの一年、ひょうひょうとこなしていた娘から、今になって、「名進研の入会テストって全員受かるわけではないらしいよ。」とか、「名進研の先生たちって厳しいんだよ。」など苦労話?を知り、改めて娘の私立中学校に対する思いの強さから乗り越えられたのだと、わが娘の頑張りにあっぱれの思いです。次、受けられる皆様もどうぞ、お子様を信じ、名進研の先生方を信じ、桜咲く合格を信じ、名進研で頑張ってください。

ハラハラさせられた二年間

次女は長女の通っている南山中学校女子部に入りたいという思いから受験が始まりました。私にとって今回の受験は二回目の受験ということもあり余裕のはずでした。ところが、名進研の入会テストから不合格、名進研にも入れてもらえないというありさまで、この先大丈夫かと不安なスタートを切りました。

五年生は名進研Mテストも良かったり悪かったりと、JAとJSを行ったり来たり。六年生になって名進研日ゼミを始めましたが、TN2にいたかと思えばTN3になったり、白星を二回続けてTN2に上がったりと相変わらず良かったり悪かったりの波のある成績でした。

そして受験本番を迎え、一月にあった最後の名進研プレ中学入試の合格判定では愛知淑徳中学校100%、南山中学校女子部60%という結果であったのですが、愛知淑徳中学校不合格、南山中学校女子部合格という結果となりました。

合格できるかは試験当日の点数で決まります。模試の偏差値や判定で成績が思わしくなくても、毎日の学習の積み重ねは必ず実力をつけ、試験当日合格を勝ち取ることができます。そしてまた100%という判定も過信しないで、最後まで努力することを忘れないでください。そして第一志望の合格を掴み取ってください。

名進研でのこの二年間を振り返ってみると、私は名進研への送り迎えとお弁当を作ってあげること、そして合格できますようにと祈ることしか出来ませんでした。これから受験を迎える皆様、大変だと思いますが、お子様を信じて見守ってあげてください。そして最後に、この二年間名進研で頑張ってこれたのは、ご指導いただいた名進研の先生や名進研で素敵な仲間に出会えたことだと思います。本当にありがとうございました。 

娘にとっての財産

名進研では長男が五年生、長女は三年の冬期講習からお世話になりました。娘が愛知中学校、愛知淑徳中学校、滝中学校、南山中学校女子部に合格でき、正直なところ意外です。最後まで少なくとも見かけは「一生懸命」といった言葉と無縁の娘でしたが、長男が東海中学校にいることは、性別は違っても、娘にはプレッシャーだったようです。

長男と違った点は多く、名進研の復習宿題指導講座・入試対策特訓講座は、娘の場合内容を消化しきれず、睡眠不足になったため、迷った末に十一月で止めました。名進研の正月特訓も、長男が参加して満足したものでしたが、娘は行かないというので、多少不安でしたが希望を聞きました。

学力は兄のとき以上に名進研にお任せで、父親が暗記ものや理数の苦手な単元をおさらいしてやる程度でした。親として見ていて不安だったのは、娘がともすれば楽しようとすること(子供だから当然ですが)です。何度か注意したのは、名進研のテキストに鉛筆で正解に印がつけてある記号問題を「やり直し」していたこと。呆れて印を私が消すと、娘は「正解見ないようにやってる!」とむくれていました。また、低学年から時事に関する興味を喚起する努力をすべきだったと、大いに反省しました。毎回入試前日、名進研の『入試直前マニュアル』の「お子さんと読み合わせてください」と言われた頁を親子で読みました。普段の娘からすると「分かってる!」「カッコ悪い」と拒否するかと思いましたが、意外に素直に聞き、落ち着けたようです。

親の方は愛知淑徳中学校の合格通知で安心してしまい、あとは実力以上だと思っていましたから、南山中学校女子部の入試日の直前も、挑戦させるのは可哀想などと迷っていました。でも名進研の所属校の先生方の“想い”から開かれた南山中学校女子部直前講座に迎えに行くと、挑戦者たちと名進研の先生で盛り上がり、むしろ楽しそうでした。娘を実のところ信頼できず申し訳なかったと思っています。入試会場で名進研の所属校の先生を探し出すたびに、娘は(親には見せてくれない)やる気と安心感にあふれた表情を名進研の先生には見せていました。名進研の先生方とそう言った信頼関係を結べた名進研での学習の日々は、娘にとって財産です。有難うございました。

合格にたどりつくまで

一言で本当に良く頑張ったと思います。名進研で合格をつかむまでを書こうと思います。娘は中学受験を四年生の秋から考え、始めは他の進学塾でやっていました。先生と娘の指導がかみ合わない事もありやめることとなりましたが、今までの事をムダにもしたくなかったので思い切って名進研に娘を入会させました。

それからは、本人に自学力をつけると言う名進研の教えのとおり、本人もはじめは名進研での勉強に全くついていけずに涙を流す日々を送っていました。受験をしなければ小学生らしく楽しく遊び回る事もありますが、本人も名進研で合格という目標を決めて進んでまいりました。

親として何もしてあげる事も出来ませんでしたが、名進研への送迎と手作り弁当、母親の愛情を娘もわかってくれたと思います。精一杯、名進研で頑張れば結果は必ず付いて来ると思います。だから親子愛で頑張ってください。入試当日は必ず合格するという気持ちで進んでください。

最後になりますが、名進研に変えて娘も本当によかったし、名進研だから合格できたと思います。

一年間名進研で娘は大きく成長しました。親の方がいろいろと教えてもらいました。

心身共にできるだけ

隣で名進研の合格体験記を書く息子を見ながら、私もこの原稿を書ける喜びを感じております。

約三年前、息子の「中学受験頑張る。」の一言から、親子での中学入試が始まりました。

当初は、息子が名進研の授業についていけるか心配しておりました。困った時は名進研の所属校の先生に面談をお願いしたり、電話で相談に乗っていただきました。また、名進研の受験生のお母様方にも話を聞いてもらい乗り越えることができました。六年生の前期まで、息子はマイペースに勉強し、多少上下しながらも名進研での成績は良い方でした。しかし、名進研の夏期講習では長時間の授業に加え、名進研の山のような宿題にペースを崩し、二学期の始めには肺炎で入院してしまいました。これでは入試の日まで身が持たないと、名進研の所属校の先生に相談、息子とよく話し合い、無理をしすぎない事を約束、母は時間の管理に留意しました。疲れていそうな時は昼寝するよう促し、可能な限り自分のペースでいいよと息子に声をかけました。それからは、入試に向けて自分で上手にバランスを保っていけたようです。その結果、名進研の成績は上位を維持し、受験した四校全てから合格をいただき、四月からは東海中学校の生徒の一人に加わります。

入試までの日々、学校に行き、名進研の授業・テストを受けて宿題もこなしていくことは、小学生にとって並大抵の努力ではできないと考えられます。親としては、子供を見守り、心身ともにできるだけ良い状態で入試当日を迎えられるように支えて行くことが大切と思われます。私が留意したもう一つのことは、家ではほっとできる、家族で笑顔になれる環境づくりに心がけたことです。また、お母様ご自身も息抜きをしてください。お子様のためにも。そして、この名進研の合格体験記を読まれている皆様のもとにも、桜咲く春が訪れますように。

最後になりましたが、名進研の先生方、三年間熱心に御指導いただきありがとうございました。入試当日の寒い中、中学の校門前で待っていてくださった、名進研の先生方のお姿は一生忘れません。

終わってしまえば

名進研には小三の名進研の冬期講習から入会しました。それまでは、水泳、テニスなどのスポーツはしておりましたが、名進研のような勉強の塾には通っておりませんでしたので、娘がどの位の成績でいられるかわかりませんでした。名進研の入会テストの結果はJSクラスのスタートで平均点よりプラス12点程の成績でした。四年生の時は算・国の二教科という事もあり、時間にもまだ余裕があり、名進研のMテストの平均偏差値は57.1でした。この成績を維持できれば、娘の第一志望校であった愛知淑徳中学校もいけるかもと思っていました。

苦しくても、辛くても

今、振り返れば親子で歩いてきた名進研での三年間が、遠い夢のような気もします。無事、第一志望の合格を手に入れるまでには、たくさんの出来事がありました。しかし、手に入れたものは、合格だけではありません。娘の大きな成長も挙げられると思います。自分が何をすべきで、どう行動すればよいのかを考えるようになった姿を見ると、本当に精神的に強くたくましくなったと感じることができます。

名進研では四年生になる春からお世話になりました。名進研の初めての授業にとまどい、内容がわからずに泣き、五年生になると毎週の名進研テストゼミに振り回され、なんとかJS1にいることを目標に勉強を続ける毎日でした。六年生の長くて辛い名進研の夏期講習終了時点では、成績も安定し、このままの調子でいってくれればと思っていました。しかし、名進研の受験生全員が追い込みをかけだす秋(九月)から、名進研での成績は下がりだし、名進研テストゼミでもついに黒星をとるようになりました。気持ちの落ち込む日が九月から十二月頃まで続いていました。その間、名進研の所属校の先生方には電話や面談で、曜日ごとのスケジュールや学習方法について御指導頂き、勉強を進めていきました。しかし、なかなか成績を立て直すことができず、

思えば三年前、娘が三年生の二月、名進研の入会テストに無事受かり、三月より名進研生となりました。あれから月日はあっという間に流れ、今年二月、第一志望校合格を見事勝ち取り、名進研を卒業いたしました。そして今、弟が同じく三年生の三月に名進研に入会することになり、娘も入った頃はこんなに幼く、小さかったのかと驚くばかりです。本当に成長いたしました。

今は穏やかな気持ちでいられますが、当時は名進研の授業の復習、名進研の宿題に精一杯の娘に、「どうして解くのに時間がかかるの?また間違ってばかりなのか?本当に分かっているの?」という気持ちが強く、不安からいつもイライラとし、娘にはとても辛いことも多かったろうと反省しております。でも努力し、勉強し、受験するのは私たちではなく、娘本人なのだと気付き、それからは側にいて少しでも体調よく受験を迎えられるよう応援しようと決め、名進研のテストゼミ、名進研のプレ中などの結果だけに振り回されず、第一志望校合格に向けて進むのみだという気持ちになりました。受験した三校には四年生の頃から、学校説明会、文化祭など、親子で何度も足を運びました。特に文化祭は在校生の素に近い姿がみられるので、必ず行かれると良いと思います。娘もその時の在校生の印象が一番良かった学校を、第一志望校に決めました。ただ先生方は、どの学校もとても熱心で優しく、親としてはこの三校ならどこに行く事になってもいいと、心から思えました。結果的に三校全てに合格し、娘が第一志望校の椙山女学園中学校に通えることになりました。

今思い出すと娘ともよく喧嘩をしたし、名進研もやめた方がいいのではと悩んだことも何度かあったことでしょう。でも娘から名進研をやめたいと言ったことは不思議とありませんでした。名進研での成績がどんどん落ち、クラスが降格したことも何度もあったのですが、娘にとってそれは大きな問題ではなかったようで、名進研の各々のクラスで成績を含めいろいろなことを話せる仲間ができ、お互いがライバルというよりも、皆、第一志望校に合格しようと励ましあえる雰囲気があったらしく、そのおかげで名進研をやめることなど考えず、頑張れたのだと思います。しかし親にはそんな余裕はなく、ただ心配でどうしようもなくなると所属校の名進研の先生にお電話したり、直接面談で話を聞いていただき、不安な気持ちも解消できました。本当に名進研の先生方には親子共々感謝の気持ちでいっぱいです。

来月四月から晴れて椙山女学園中学校の制服を着て、嬉しそうに登校して行くだろう娘の姿を楽しみに。又、名進研に入会したばかりの新四年生の弟も、その姉の背中を追って第一志望校合格に向かって着実に進んで行ってくれるよう応援していこうと思います。名進研の先生方、三年間本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願い致します。

強烈な信頼感

息子は小学校四年生から名進研にお世話になり、三年間の努力の結果、この春から南山中男子部に通うことになりました。本当に、名進研の先生方の厳しくも温かいご指導のおかげだと心から感謝しております。

名進研の成績はJSとJAの間を行ったり来たりで、名進研のテストゼミのクラスカードもババ抜きができるほど?特に国語の読解が大の苦手でした。大人でもあの問題を見た途端「うわっ!」と思うような長文です。それでも名進研の先生のアドバイスで、通常の宿題プラス一学年前の国語のテキストを少しずつ復習していました。

息子は学校の出来事を家であまり話す子ではありませんでしたが、名進研の先生方のことはよく話してくれました。えらいなあと思ったのは、学校の宿題は忘れても、名進研の宿題はギリギリになっても最後までやり、マルつけをして通っていたことです。それだけ名進研の先生方を信頼していたのだと思います。名進研の先生にゼミ直しノートに厳しいことを書かれても、白星がついた時は、いち早く息子に伝えてくださり褒めてくださいました。

名進研の正月特訓も終わり、いよいよ受験本番となりました。息子は四校を受験し、最後が滝中学校でした。滝中学校は他校と違い、校門が二ヶ所あり、私達が入った門には息子の校舎の名進研の先生がいらっしゃいませんでした。急に息子が不安そうになったので、「大丈夫。違う門の方にきっとみえるよ。」ともう一方の門へ急ぎました。そこには、名進研のターミナル校の先生方をはじめ、息子の通う校舎の名進研の先生方が迎えてくださいました。名進研の先生方から激励を受けたその時の息子の本当に安心した嬉しそうな顔は、今でも忘れることができません。息子の名進研の先生方に対する強烈な信頼感を感じた一瞬でした。

名進研での三年間は長いようで、あっと言う間に過ぎてしまったように感じます。名進研の先生方、熱意ある、きめ細かいご指導をありがとうございました。

名進研へ四年生春に入会、六年生の一学期までは多少の名進研の成績の変動もあるものの至って順調。このまま合格を勝ち取っていくのだろうなあ。と親も周囲も期待しておりました。自宅では何も言わなくても勉強し、小学校生活も活発に過ごしている子でした。

息子の様子が変ってきたなと感じたのは六年生の名進研の夏期講習。今までよくしていた、たわいもない親子の会話が少なくなり、何を聞いても「関係ないじゃん」「べつに…」はては返事もしなくなりました。名進研の宿題をし始める時間も遅くなり睡眠時間が減り→眠い→不機嫌の悪循環、さすがに温厚な父も「そんな態度なら名進研になんか行くな」と一言。身長も急に伸び声も低くなっていき体の変化とともに、心のコントロールも難しくなってきたのでしょう。理由はそればかりではなく

名進研とは

愛知県・岐阜県の中学受験・高校受験・大学受験の進学塾です。受験生を応援するページを立ち上げました。このブログで卒業生たちの熱い応援メッセージを届けていきます。

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