2015年5月アーカイブ

夢が現実になった瞬間

我が家の時計は6時とか7時ちょうどになると“カチ”っという音がしてからメロディーが流れ、能天気な白くまがくるくる回る。我が家の電話は鳴る前に“カチ”っという音がし、コール音が鳴る。

うちの娘は愛知中学校と愛知淑徳中学校の名進研で合格を頂きましたが、南山中学校女子部の合格は頂けませんでした。合格通知は名進研生の娘の希望により、娘しか封を切ることができないので、南山中学校女子部の不合格を見たときはそれなりに落胆していました。しかしそれを見た名進研生の娘が最初に言った言葉は「繰り上げ合格はいつ?」でした。

そうです。名進研生の娘はまだ全然あきらめていないで、まだ名進研卒業後は南山中学校女子部に通う事だけを考えていました。そんな名進研生の娘に「17日の夜6時~8時に電話で知らせが来るけど、そんな期待しちゃだめだよ。南山中学校女子部の繰り上げは極少だからね。」と言い聞かせましたが、名進研生の娘は「南女の試験はできたから」とまだ全然あきらめがついていない様でした。既に合格を頂いている学校の入学手続きが必要なので、我が家ではその手続きを済ませ、制服の予約を済ませました。

その際も名進研生の娘は「これらの備品は南山中学校女子部の繰り上げ合格がでたらどうするの?」と言っていました。そして運命の17日です。夜6時から8時に連絡があると聞いていたものの、実際そんなに遅くはならないだろうと思っていた私は、午後6時頃に電話がなかった時点であきらめていました。そして8時ちょうどに“カチ”っと音がしました。一瞬ビクッとし、その直後能天気な白くまがくるくる回り始めました。あーあ、ダメだったかと思った瞬間、また“カチ”っという音がしました。そうです電話が鳴ったのです。それは南山中学校女子部からの電話で、名進研生の娘が最後まで名進研生である自分を信じあきらめず、夢が現実になった瞬間でした。やっと我が家の受験は終了です。

最後の最後まで名進研生の自分を信じて絶対にあきらめないで頑張ってください。

体を震わせて号泣

 五年生の四月から名進研に入会し、この度、愛知中学校と愛知淑徳中学校から合格通知を頂きました。

当初は名進研の宿題の多さについていけず、文字通り泣きながら名進研に通っていました。名進研の宿題の答えが正解、不正解に関心はなく、ただ終わらせればいい、という姿勢に親としては疑問を持ってのスタートでした。私共は、合格させたいという思いはなく、やってきた積み重ねの結果受かればいいという姿勢だったので、名進研の先生からみれば熱心さに欠ける名進研生の親だったかもしれません。本人が名進研の平日練成で手一杯の様子だったので、名進研テストゼミも六年秋になるまで受けていませんでした。六年名進研夏期講習から名進研の自習室を利用するようになり、成績が伸びたように思います。分からないところを父親に聞くよりも名進研のチューターの先生に聞いた方がよく分かるとも言っておりました。

秋以降も名進研の平日練成のあとに名進研の自習室で9時まで頑張っていました。名進研プレ中学入試では愛知淑徳中学校合格率50%までしか出ませんでしたし、一月に入ってからも特に追い込みをかけるわけでもなく、学校では楽しく家ではノホホンとしていたので、多分愛知淑徳中学校は無理だろうと思っていたのですが、無事合格通知を受け取ることが出来ました。合格通知を見た瞬間、体を震わせ号泣した姿を見て、本人なりにずっと頑張ってきたのだ、ということを改めて知りました。

本人は、名進研の先生には絶対の信頼をおいていました。たとえ不合格の場合でも公立中学校に行き、名進研プレミアクラスに通うつもりでいたようです。六年生になってからは、親は勉強に関しては何もしていず、名進研にお任せの状態でした。合格できたのは、本人の頑張りと名進研のノートにいつもメッセージを書き込み、やる気が出るようサポートしてくださった名進研の先生方のおかげだと思っております。

家族で話し合い、中学受験をやってみようと決めたのは小学三年生の終わりごろでした。全く何もわからないので、受験をした知り合いに聞いてみると、名進研が一番良いのでは、と言われさっそく名進研へ入会を決めました。

四年生の最初の一~二ヶ月は、名進研の机にすわる事からの練習で、今まで何も勉強らしい事をしてこなかった息子は、名進研の宿題をすべてやり終えるまでにかなり時間がかかっていました。その後はずいぶん慣れてきて、大変だった名進研の宿題も楽にこなせるようになりました。

五年生になると、秋から名進研テストゼミをはじめたのですが、それがとても苦手らしくペースをくずし、名進研Mテストまで成績が下がる程でした。あまり勉強をしないタイプなので、今まで一ヶ月名進研でやってきた事を一週間で定着させる事ができないようでした。ついつい名進研テストゼミの結果を見て叱ってしまう事が、いけないと思いながらも多かったと、今は反省しています。自分の小学時代は部活と遊びばかりで勉強などしなかったのに、名進研生の息子にえらそうな事を言っている自分がとてもイヤでした。

六年生になると、名進研に通う日数が増え名進研にいる時間も長くなるので、とにかく弁当作りと名進研への送迎にと毎日忙しくしていました。名進研生の息子は土・日もなくなり、友達と遊ぶ事も出来ず、それでも名進研が大好きらしく、何があっても名進研をやめたくないと言い、文句一つ言わず頑張っていました。だけど相変わらずマイペースで、名進研の宿題以外の勉強はせず、名進研ゼミもやっぱり苦手で最後までめざしていた名進研の俊秀に上がる事ができませんでしたが、いつも前向きで第一志望の東海中学校に受かるから大丈夫と言って、全くへこたれません。どうしても私はそんなふうに考える事ができず、本当に大丈夫なんだろうかと心配ばかりしていましたが、どうする事もできず本人がどうしても行きたいと思っているその気持ちを信じるしかなく、マイペースで受験当日までいってしまいました。

さすがに東海中学校の算数は難しかったらしく、全部うめるのに精一杯だったようなんですが、みんな出来なかったって言ってたよと言い、ケロッとしていました。通知をいただいた時、あまりにもペラペラだったので、「あーあ」と思って主人と二人であきらめかけていたところ、透けて見えた文字が入学案内と見えたのであわてて開けてみると、「合格」とちゃんと書いてありました。名進研生の息子の泣き顔じゃなく笑顔が見られると思い、ほっとし、私も少し涙がでてしまいました。

三年間親子で一つの目標に向かって進んでいくうちに、息子の気付かなかったいろいろな面がたくさん見えてきました。また成長のスピードにもおどろかされ、さみしさ半分とうれしさ半分の気持ちです。

名進研の先生方の厳しさと、優しさに心より感謝します。三年間ありがとうございました。

入試本番一年前の二月、私立中学を受験するなら最後のチャンスだと、他の個別指導塾へ週二回通い、周りの友達よりも多少なりとも学力に自信があった息子は、名進研への入会を拒んでおりました。そんな息子に力だめしに受けるだけ受けてごらんと名進研の入会テストを受けさせたところ不合格という結果でした。一緒に受けた二歳下の妹が名進研にあっさり合格し、悔しさが一気に湧きあがったのか、「もう一度チャレンジする。」と自分から言い出し再度名進研テストを受け入会する事が出来ました。三月初めからの六年生の名進研JAクラスの一番後ろの席からのスタートでした。

中学受験に対して何の知識もない親子でしたので初めて参加した名進研父母会では、中学受験の厳しさに夫婦共々驚き、我が息子がどの程度まで伸びるのか不安で一杯でした。そして何故もっと早くから名進研でスタートさせてあげなかったのかと、強く後悔もしました。

名進研で初めての授業を受けて帰宅した息子が、その日にこなさなくてはいけない名進研の課題の多さと難しさに、泣きながら夜中までかかってかたづけた事が、今では良い思い出になっています。

名進研テストゼミは名進研のKS4から始まり、つまずきながらも名進研で白星を獲得し、最終的には名進研TN4まで進む事が出来ました。

志望校については、名進研夏期講習の頃には南山中学校男子部を目指しておりました。名進研志望校別プレ入試でも100%近い合格率を出せる程になりましたので、名進研冬期講習前の時期には滝中学校志望へと変更し、最後の名進研志望校別プレ入試では、あこがれの名進研東海中プレ入試を受け、合格率65%という結果でした。

受験本番まで十一ヶ月という短い受験勉強で東海中学校受験などという事が、本当に可能なのだろうかと不安と心配な日々でした。しかし、息子自身が名進研の先生方に素直に従い、名進研の教室の中で自分よりも優秀な名進研の生徒達の姿を見ながらそれに憧れ、名進研生である自分を励まし日々努力し続ける為にも、第一志望校は東海中学校だと強く決意している様子でしたので、私達もその気持ちを応援する事にしました。

二月の入試終了後、試験会場から出て来た名進研生の息子の顔は青ざめていました。やはりハードルが高すぎたかな。と心の中で思いました。合格発表の日、合格おめでとうの文字に涙があふれ、名進研生の本人以上に両親が泣いているという状況でした。合格の報告に名進研所属校の名進研の先生方に会いに行った時、名進研の先生方と名進研生の息子との間に流れる信頼関係の重みが、合格への道しるべなのだな、と心から思いました。

これから受験を向かえる名進研生の皆様。諦めず最後まで努力し続けてください。元名進研生の息子は今「あの時、名進研テストに落ちてよかった。」と言っています。落ちなかったら名進研との出会いも東海中学校の合格もなかったでしょうから。所属校の名進研の先生方本当にありがとうございました。 

小学生は変化する

本当に名進研生の彼は頑張った。何も言われなくても時間が来ると机に向かい、12時を過ぎることも当たり前で、机の上で寝てしまうことも。朝5時30分に起きて残りをやることもしばしばだった。

そんな名進研生の彼も四年生の最初からこうだったわけではない。あるとき、名進研で成績優秀者だけが特別なノートをもらった。彼はもらえなかった。そのときの悔しがり様は大変なものだった。それからの彼は、名進研で言われたことだけはきちんとやるようになった。結果はついてきた。名進研でやればできるとわかった。あとは、それを維持しようと頑張った。六年生の春にオープンスクールに参加して志望校を決めてからは一層熱が入った。

春がやってきました。今年の春は格別に嬉しい春、我が子が名進研に通い第一志望校に合格した春です。合格奪取のために名進研生の親の進む道について一言。

四年生。一週間の予定表を作って、とにかく学習のペース作りをしました。学校では部活動が本格的に始まる中、名進研へ通塾→復習→名進研の宿題は、必ず予定通りにこなす。翌日回しにしないように注意しました。名進研実力テストで名進研のクラスが下落する危機に遭遇し、本人的にはその危機があって初めて、真剣に立ち向かわなくては志望校には近づけないと理解できたように思います。親は成績の上下だけで感情的に子供を怒らない!と名進研の父母会でよくご指導を受けますが、私はそのご指導を守り怒らなかったつもりですが、子供に言わせると今思い出しても恐ろしい形相だったようです。親は怒らず、何かで必ず褒めて、笑顔\(^o^)/が基本形です。

算数が大好きで難しい問題をやってみたい、と息子の希望で四年の夏期講習から名進研に入会しました。勉強は大事だが運動も大切と、野球チームに在籍したままの受験生活が始まりました。名進研のテスト終了後そのまま野球チームに合流し試合に出場。土日は勉強ができないからと、六年になると平日に名進研で自習して名進研の宿題を済ませていました。弱音を吐かずに野球も名進研の勉強も頑張る息子に、野球チームの監督、仲間も応援してくださいました。

遅ればせながら七月から名進研テストゼミを始めました。始めは名進研テストゼミに慣れずに二週間連続黒星であっと言う間に名進研TN1へ。この時はまぁ最初だからと親は大して気にしませんでした。

そして夏休みへ。

二通の『合格通知』

『椙山女学園中学校』。
最初から最後まで志望校を変えず、夢に向かって頑張ってきた元名進研生の娘。
いろいろな学校のオープンキャンパスに行った際、本人が一目ぼれ…。
確かに明るく素直でどことなく品のある生徒達、素敵な校舎、図書館、ランチルーム。
どこを取っても素晴らしい設備に、子供の目線から気に入るのも当たり前。
親の私も、娘がこの伝統ある女子校で六年間あるいは十年間過ごす事ができたら、きっと素直で優しい女性に育つのでは…と夢ふくらませてしまいました。

親としては、受験校が一校だけでは不安。金城学院中学校を第二志望とし、二校にしぼり頑張ってきました。レベルから言えば上には上があるのでしょうが、偏差値だけで学校を選ぶことには抵抗がありました。校風、教育、学校の様子を実際に目で見て決めたかったのです。今は、私立の受験者数もうなぎのぼり、レベルの高い低いに関わらず倍率も恐ろしい程すごいっ!厳しい世界である事は、経験した者にしかわかりません。

名進研での合格への道。それはまず「最後まであきらめない」「絶対に入りたい」、という強い気持ちを最後まで持ち続けることだと思います。そして、大手進学塾名進研を信じ、経験ある名進研の先生方にお任せする事です。

・名進研の国語の先生。国語が大の苦手な娘のために、名進研の授業前に時間を作り、毎週教えてくださいました。
・名進研の社会の先生。毎週名進研のゼミノート一ページにわたりコメントを書いてくださり、勇気をいただきました。
・名進研の理科の先生。「椙山入試当日は僕が行くから!!」と、一時間以上も前から校門前の名進研先生方花道の先頭に立ち、娘を見つけ呼んでくださいました。感動で泣いてしまいました。

温かい名進研の先生方に感謝いっぱいです。

二通の『合格通知』。

今でも思い出すだけで涙が出そうで、名進研でのこの感動は一生忘れる事はないでしょう。

小学校より楽しい

五年生の春に名進研に入会してから、あっと言う間の二年間でした。
近所に名進研の校舎があり、小学校より楽しいと毎日通っていました。
幸いな事に第一志望である東海中学校に受かる事が出来ました。

二年間の受験生活を終えて思った事は

1.一喜一憂しない。
名進研の模試や名進研のテストゼミの結果を見て、良い時は褒めて、悪い時は一言二言、言いたいのを我慢し、「名進研の模試は本番ではない。本番で失敗しなければOK!」と言い続けました。心の中では、一喜一憂していましたけど。

2.オンとオフの切替をする。
24時間受験生活では、参ってしまうので、好きな中日ドラゴンズの応援に、名進研の休みの日などに名古屋ドームに行ったり、名進研へ行く前に友達と遊んだり、ゲームもほぼ毎日していました。もちろん遊んだ後はしっかり名進研の勉強はしていましたけど。

3.健康管理
六年生になる前まで、冬でも水泳教室に通っていた為か、ほとんど風邪をひく事なく来ましたが、受験が始まり、名古屋中学校を受けた後、風邪をひいてしまいました。東海中学校の試験日まで学校を休み、名進研も受験一日前まで休む事になり、この間机に向かわず、安静にしておりました。この時唯一あせりましたが、名進研の先生より「合格圏内にいるから、今は体を休める事に集中するように。」と言うお言葉を頂き、息子も安心しておりました。

名進研でのこの二年間は、息子にとって何事にも替えられない経験になったと思います。
ご指導頂きました名進研の先生方、本当にありがとうございました。

「トントントン」の音

「トントントン」の音。
時間があると、元名進研生の息子が我が家のホワイトボードを軽くたたき、名進研の先生方の真似をする音であった。

息子が名進研へ通い始めたのは、四年生の名進研の夏期講習。主体性に欠け、家庭学習が身についていない息子をいかに勉強させるかを考えたとき、近所に名進研があることを思い出した。息子には「充実した夏休みを過ごせ、家からも近いし、とにかく名進研の夏期講習だけ受講してみろ!」といった程度、中学受験など「もし可能ならば」の軽い気持ちでの受講であった。しかし息子本人にとっては、いきなりレベルの高い所に放り込まれ大きなショックを受けた様子だった。特に算数は青息吐息、ついていくのがやっとで、親子で頭を抱えたものであった。加えて、親の自覚が足らず、名進研の講習中に旅行等を入れる有様で、今振り返ってみても息子には大変申し訳なかったなと思っている。

名進研の夏期講習最後の「名進研総仕上げテスト」では、算数は案の定、悲惨な点数だったが、国語は奇跡的に名進研の平均点を上回った。

とにかく授業を休ませない

五年生から名進研で二年間お世話になりました。おかげさまで元名進研生の娘は第一志望の南山中学女子部に合格し、通学を心待ちにしています。

愛知中学校、愛知淑徳中学校、滝中学校と合格通知をいただき、最後の南山中学校女子部の合格通知をみたときは、涙ぐんでいました。これも名進研の先生方の粘り強いご指導と温かい励まし、まだ10歳ちょっとの子どもの心をひきつけ、中身の濃い名進研のテキストの学習をバランスよく消化させてくださった名進研の授業のおかげと深く感謝しております。また、いつも明るいあいさつやコメントなどをいただき、名進研でのエピソードなど話題豊富な毎日でした。受験特有の孤独感などを味わうことなく、むしろ目標に向かって努力して達成するという貴重な体験が名進研でできました。親自身も、中学受験のプロ集団に支えられていることを、名進研の個別面談や名進研の保護者会で実感しました。細やかな教訓の数々、名進研の先輩方のこぼれ話などに感心しましたし、試験に際し配慮すべきことをまとめた名進研の冊子は心強い味方でした。

振り返ってみると、

「勉強なんて嫌い!」
「名進研をやめたい!」
「私立中学校なんか行きたくない。」

これは六年生になった元名進研生の息子が泣きながら私に言った言葉です。

この子は受験に向かない、これ以上苦しめるのはかわいそうだ…。私は何度もそう思いました。名進研の他のお子さんの目の色がはっきり変わり「受験モード」に入っているのに対して、我が子はいつまでたってものんびりムード。名進研で自ら進んで学ぶという意識が私には感じられないまま、名進研冬期講習に突入。年が明けて受験が最終コーナーに入った頃も、週に一度の習い事は続けたいというので、本人の意思に任せました。

そんな中迎えた入試本番、思いがけない出来事が起こりました。

自己ベストを尽くす

娘が第一志望校南山中学校女子部の合格通知をいただいてから、三週間がたちました。入学説明会を終え、制服を注文し、今娘は四月からの新しい中学校生活を楽しみにしております。

合格通知を受け取った瞬間、封筒の厚みに「合格」を確信し、あとからあとから涙がこぼれました。これまでの娘の努力と名進研での三年間の受験生活での出来事が思い出され、いつまでも涙が止まりませんでした。今、名進研の合格体験記を書いている自分が夢のようです。

名進研には四年生の春から入会し、学校では教わらない充実した学習内容と、名進研の先生方の温かい丁寧な御指導に親子で満足していました。娘が四年生になる直前に父親が米国に単身赴任となり、私と娘の二人三脚での受験生活がスタートしました。娘は名進研の成績のことで度々私から注意されても、いつも前向きにどの教科も手を抜くことなく取り組んでいました。そんな娘を見ていると、私にも何か出来ることがあるはず、と考え私なりに受験勉強をバックアップすることにしました。

寸暇を惜しんで

四年生から名進研に入会したものの、六年生の一学期まで息子には「絶対ここの学校がいい!」という志望校がありませんでした。それがある時、何気なく見ていた東海中学校のパンフレットの弓道部の写真を目にし、「お母さん、これ何?僕、これがやりたい!」と言い出したのです。名進研の所属校の先生にも「弓道やりたいなら、東海中学校にしかないぞ」と後押しされ、一気に志望校が確定しました。

それからは、名進研の夏期講習でも1時間も早く行って名進研で自習するようになりました。意欲満々で受けた名進研総仕上げテストには、その成果が現れ始めていました。

しかし二学期。とにかく行事好きの息子はあらゆる学校行事に全力投球。思うように勉強時間が取れず、案の定、名進研志望校別プレ入試では惨憺たる結果に…。ここでやっと、親子共々、今までの甘さに気づき、スイッチが入りました。名進研の入試対策特訓講座に急遽入り、朝は6時起きで計算と漢字をやるようになりました。十一月半ば頃からは、過去問を繰り返し解き、この頃から特に算数が目に見えて力がついていくようでした。エンジンがかかるのが遅かった分、かかってからは正に文字通り「寸暇を惜しんで」勉強していました。迫力さえ感じる事もありました。そして、相当やったぞという自信がついたのだと思います。一月半ばには「早く入試受けたいな!」と言うようになりました。

一月になると周囲が学校を休みだしたこともあり、私は「休んで1問でも多く問題を解いたほうがいいのでは?」「学校で風邪でももらったら?」などと心配は尽きず、ヤキモキしておりました。しかし、本人はどこ吹く風で、何よりも学校が大好きで一日も休むことなく入試を迎えました。結果は、名古屋中学校(スカラー)、滝中学校、東海中学校と受験校全てから合格通知をいただきました。

これから受験を迎える名進研生のご家族では、不安に思う事も多々あると思います。しかし、絶対的に子どもを信じ、名進研の先生方を信じてやっていけば、必ずや道は開けると思います。ご健闘をお祈りしております。

これまで御指導頂きました名進研の先生方、本当にありがとうございました。

魔法の言葉

娘は四月から憧れの南山中学校女子部生になります。これもひとえに人間味あふれ、指導力のある名進研の先生方のお蔭であると思っております。名進研で合格に導いてくださった事、心より感謝しております。

娘が「南山中学校女子部に行きたい!」と言い出し、塾探しを考え出したのは小学三年生の冬でした。入会は五年生からと決めていたので、それまでにいろいろな塾の春夏冬期講習に通わせ娘の肌に合う塾を娘に決めてもらおうと考え、三年生の冬期にとりあえず知名度が高く比較的近かった名進研に通わせてみました。ところが娘は他塾を体験するまでもなく「名進研が良い!」と言い、五年生の春、名進研に入会しました。今思えば、あの時の娘のカンは正しかったと思います。

名進研入会の時に娘に話したことがあります。「塾はお金を払って勉強を教えてもらう所。分からない事はプロの名進研の先生に聞いてきて、家に持ち帰らないでね。」と。娘は言われた通り受験まで一度も私達に勉強を聞いてきませんでした。

名進研は"光"

五年生から名進研でスタートをきった私たちの中学受験は常に「必死」でした。JSに上がれてもすぐJAに戻り、「もっと頑張らなくては」と懸命にJSキープにくらいつき、合格するためには…もっと、もっとの連続でした。

最初の息切れは、十月から始めた名進研のゼミです。さらなるランクアップの為の名進研のゼミは黒星にならないよう必然的に頑張れましたが、プレッシャーも重圧的で、半年かけてやっと追いつけてホッとしている私たちには刺激になりました。この試練は実を結び、やがて自信が芽生えはじめました。でも、この自信が同時に不安をも兼ね備え、六年生のスタートには一年前の「何もわからない不安」から「山の上から下をのぞいた時の恐怖のような不安」に変わりました。

名進研の父母会では「一喜一憂しないように」とお話がありますが、私たちには無理で、頭で分かっていても、感情をコントロールするのはできませんでした。それはそれは書ききれない程の不安定な一年でしたよ。

でも、東海中学校に名進研で合格できました。どんな時も名進研に通塾することで安心し、子供は名進研の先生方の強い前向きな姿勢に癒され、乗り越える事ができたのです。つきなみな文章でつきなみな事ですが、こんな私たち(不安定な)が合格できたのは、『信じた』からです。何もなかった私たちが合格できたのは名進研の先生方を、「名進研」を信じたからです。不安が大きければ大きいほど、この名進研を信じる力が透明度を増すと思います。小さくてもこの純粋な名進研を信じる心だけあれば大丈夫です。出遅れた私たちにいつも大きく優しく導いてくださった名進研の先生方、ありがとうございました。光をあててくださったお蔭で、暗いトンネルを最後まで歩くことが出来ました。名進研の受験生の皆様に具体的なアドバイスはできませんが、どうぞ、イメージしてください。光の向こうを…

おかげさまで第一志望校に名進研で合格することができ、穏やかで希望に満ちた春を迎えさせて頂いております。名進研の先生方や名進研の友達に大変感謝しております。

中学受験は親子の二人三脚と言われますが、思い返せばなかなか歩調の合わない二人三脚で、この三年間は楽な道のりではありませんでした。六年生までは名進研の宿題をこなすのに四苦八苦し、成績も大きく上下しましたが、「得意な科目や単元じゃないから。」と本人は一向に気にもせず、のんびりとしていました。そんな様子に我慢できず、幾度「やる気がないなら止めなさい!」と叱ったことか。また、長い目で見て、温かく見守ることに徹することができず、ついつい口を出したり手伝ったりしてしまい、反抗期とも重なってか、言い合いし、ぶつかりました。親子の間が険悪になってしまったこともありました。が、その都度、名進研の先生方のお力をお借りして、なんとか進むことができました。息子は名進研の先生方をとても信頼しておりました。どうしても出来ない科目や単元に苦しみましたが、名進研の先生方はサジを投げずに熱心に教えてくださいました。名進研のノートや名進研の鉢巻き等に頂いたアドバイスや励ましの言葉は的確で、心をしっかりと掴むものであったので、宝物となり、息子はそれらを大事そうに何度も何度も読み返しては、不安になる心を落ち着かせ、やり抜く力と勇気をもらっていたようです。また、名進研で友達も沢山できたことで、競い合い、励まし合って、楽しく名進研に通い続けられました。一人では合格はあり得なかったことでしょう。名進研の先生方や名進研の友達に引っ張り上げて頂いたこと、感謝しております。本当にありがとうございました。

最後にこれから受験される名進研の方々へ。はっきりとした目標を持って進んでください。はっきりとした目標に向かって頑張ると、その努力は報われる確率が高まるのです。人生の早い段階で「努力は人を裏切らない」の言葉を心に刻み込んだことはこれからの長い人生に大きな影響をもたらしてくれることでしょう。そして、実力伯仲の中で、アクシデントにもめげず抜きん出るのは、どうしてもその学校に通いたいという強い気持ちを持った時です。どうか皆様も名進研で合格を掴んでください。ご健闘をお祈り致します。

個性に合った勉強法

「お疲れさま!」

名進研テストゼミ・名進研実力テスト・名進研プレ中学入試が終わり、息子の顔を見つけた時に掛けていた言葉です。本心としては「今日の名進研のテスト、どうだった?」と聞きたいのをグッとこらえ(笑)、名進研の保護者会でのアドバイスを守り、笑顔で迎えていました。中学受験初心者マークの私達にとって名進研の保護者会から得られる情報・子供への接し方は大変役立ち、有り難いものでした。今現在も、名進研に次男(小五)を通わせているのですが、同じ兄弟でも性格が異なる子供を目の当たりにしていると、子供一人ひとり、その子に合った勉強法があるのだろうなあと感じます。

名進研とは

愛知県・岐阜県の中学受験・高校受験・大学受験の進学塾です。受験生を応援するページを立ち上げました。このブログで卒業生たちの熱い応援メッセージを届けていきます。

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