2015年6月アーカイブ

「合格の、さらに先ヘ!」

早いもので、五年生の初めから名進研にお世話になり、二年が過ぎました。

近所のお兄ちゃんが私立中学に合格し、泣いて喜んでいる姿を見て、「私も私立中学入試にチャレンジしたい。」と言いました。両親とも全く私立中学のことなど知らず、あたふたしておりました。そんな中、偶然にも名進研にお子さんをお持ちの方とお会いすることができたのです。今思うと、何か神様が導き、その方と引き会わせてくれたような気がします。ただ、家から名進研までは1時間位かかり、小学生には辛すぎるのではないか?と何度も悩みました。しかし、そんな心配は要りませんでした。少しずつ、同じ方面の名進研のお友達が増え、楽しそうに名進研へ通塾する姿を頼もしく思えるほどでした。

学校の門の前で下校する娘を車に乗せ、五分間で着替え、トイレ、鞄の持ち替えを済ませてまた駅へ。こんな毎日の繰り返し、娘が体調を壊さないかいつも心配でしたが、お蔭様で、インフルエンザで二日間程お休みした以外は、すべて名進研で受講できたように思います。五年生の自然教室の時も、ヘトヘトになりながらも名進研へ向かいました。ほんとうに、精神面で成長したなあ、と感心しております。

名進研の成績の方は、徐々に上がっていってくれれば良い、とゆったり考えておりましたが、期待通りにはいかず…。親以上に、娘が悩んでいたようで、穏やかな娘も時々机の上の物を全部落としてみたり、大泣きしたり、私に八つ当たりしたりと荒れることも何度かありました。その度に、名進研の先生に面談していただいたり、お電話させていただきました。すぐに相談に乗っていただき、アドバイスの通り娘に接すると落ち着いたりと、まさに困った時の名進研の先生アドバイスは、娘だけでなく、私を支えてくださいました。いつもいつも、ありがとうございました。ちょっとしたことでも、悩んでいることがあれば、必ず名進研の先生に早く相談することをお勧めいたします。

娘の結果としましては、一つの学校のみ合格することができました。しかし、今はこの学校が第一志望校となり、入学式を心待ちにしております。中学に合格することがゴールではなく、まさに「合格のさらに先へ!」なのです。どこの中学に入学しようとも、そこで自分がどんなふうに輝くことができるか?輝こうと思っているか?娘なりに新たな目標を掲げ、期待に胸を膨らませているようです。そんな娘を今は立派とさえ思います。

最後になりましたが、二年間、名進研で親子共々いろいろなことを学ばせていただきました。私自身も、娘に負けないよう素敵な女性、母、妻になれるよう勉強していきたいと強く思っております。名進研とのご縁に感謝し、これからも、名進研のますますのご発展をお祈りしております。ありがとうございました。

私達の中学受験は愛知淑徳中学校の学校説明会から始まりました。わずか十二才の子供に厳しい中学受験をさせることに否定的であった主人でしたが、私立中学の良さを理解してくれて、家族一丸となり娘の合格を目指していきました。

娘は四年生の初めから名進研にお世話になり、JSクラスとJAクラスを行ったり来たりする成績で幾度名進研でのクラス変更の青紙をいただいたことか。名進研のテストゼミも五年生の初めから受けていましたが、たった一度だけTNに上がったことはありました。しかし、★連続ですぐにKSへ逆戻り。結局、最後はKS2まで下がっていました。最後の名進研のプレ中学入試でもJAに落ちてしまいました。娘にとって、このとき本当に不安を感じて、一晩中泣いていたことを思い出します。

名進研の正月特訓は、ホテルで食事できることを楽しみに受けてくれましたが、名進研の正月特訓で同じ部屋になった名進研の友達に刺激され、帰ってくる車の中で、初めて娘から「愛知淑徳中学校にどうしても行きたい。その為にどうしたらよいか教えて」と言ってくれました。そこで娘がやったのは名進研の先生に相談したようです。名進研の先生と何を話したか今でも教えてくれませんが、名進研の先生と自分にあった勉強方法を考え、弱点を重点的に勉強し、名進研テキストで徹底的に過去問をやっていました。

このように成績が芳しくなくそのたびに挫折し、何度となくやめようと進言した私でしたが、決してやめると言わない娘の意思の強さとその都度温かく包んでくださった名進研の先生方のおかげで、憧れであった愛知淑徳中学校の合格通知をいただきました。名進研の先生には本当に感謝しております。

今は入学式の準備をしておりますが、女の子にとって非常に多感な中学・高校の六年を、自分の憧れであった学校で楽しく学校生活をすることでより成長して、立派な娘になってくれる事を期待しております。

学校では、そこそこの点数をとっていた息子でしたが、最初の名進研実力テストの偏差値は38でした。この時改めて、中学受験の現実を知りました。五年生の六月から名進研に入会した息子でしたが、初めは皆についていくのが精一杯で、名進研の宿題も私と一緒に机に向かい、こなしていくのに24時をまわる事もしばしばでした。学校が終わって、まだ勉強のペースがつかめていない時も息子は泣き寝入りする事はなく日々こつこつと名進研の宿題をこなしていました。

六年になると、名進研の日曜ゼミにも参加し、ますますハードな生活となりました。でもこの頃になると、一人で考えて名進研の宿題をこなしていき、私も見守るだけとなりました。夏休みは、朝から名進研へ、帰ってからは名進研の宿題の山で勉強の毎日でした。

社会が苦手な息子は、特に今までの名進研のプリントや一問一答に力を入れてやりました。この頃から息子の頑張っている姿を見て私も何かをやろうと考え、手話の勉強をはじめ、毎日夜は息子の側で私は、テキストや本を読んで勉強しました。このように毎日の積み重ねの成果もあったのか、六年の後半から名進研でのクラスがKS2からTN3に漸く昇格しました。最後の詰めでもあった名進研の正月特訓は、本人の希望もあり参加しましたが、とても充実した日々だったようで、一回り大きくなって帰ってきた気がしました。しかし最後の名進研の東海中プレ入試の判定も20%で最悪の結果でした。

振り返ってみると山あり谷あり、喜んだり泣いたりと家族で色々感じてきました。七つ年下の弟も兄に「合格お守り」を作ってあげたり、お正月にだるまに目を書く時も「お兄ちゃんが合格しますように」と願っていました。仲良しの兄弟なので弟の力も大きかったと思います。

受験当日は、多少緊張した姿もありましたが、受験が終わった時は、すがすがしく帰ってきました。本人も力を出しきったようでした。合格通知が送られてきた時は、見間違えではないかと何度も確かめました。本当にうれしかったです。息子よ。「東海中学校、合格おめでとう。運も実力のうちの一つだよね。よく頑張りました。でも又、これからがスタートですよ。」

名進研生一人ひとりの性格を知り、丁寧にアドバイスをしてくださった名進研の先生方、名進研ではライバルでもあり同じ苦しみ悩みを持った名進研の友達、そしてその名進研生の保護者の方々、そっと遠くから見守ってくれたおじいちゃん、おばあちゃん、皆がいる良き環境の中、名進研に通い、勉強ができた事に感謝しています。ありがとうございました。

合格と共に得た貴重なもの

この中学受験を振り返ってみて、息子に親身に関わってくださった名進研の先生方には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。心より御礼申し上げます。

息子が受験勉強をスタートしたのは、五年生の四月でした。当初は、サッカー少年団に所属しながら名進研に通塾できるのだろうかといった不安がありましたが、ペースをつかみ、夏休み前には、名進研の授業後の講座で宿題を終えてくるようになりました。名進研はおもしろい先生、ユニークな楽しい授業、志が同じ名進研仲間と共に学べる環境は第二の学校の様だと喜んで名進研に通塾しておりました。

五年生の二月、サッカーの選抜チームの選手に選ばれ、今まで以上に試合や練習が増える事になります。所属少年団から選抜選手の誕生は息子が初めてということもあり、受験の厳しさを知らない息子は、選抜選手としてプレーしながら受験と両立する気でした。しかし、現実はかなり厳しく、土日は試合を優先。平日は名進研の授業後、車中でご飯を食べ、着替え、ナイター練習。帰宅し、入浴後、名進研の宿題に取りかかるといったハードな日々が続きました。しかし“やりたい事を両立させてもらえて僕は幸せだ”と感謝の言葉を聞いた時は、親として出来る限りの事をして応援しようと思ったのでした。家から名進研への送迎の車中は、ぐっすり眠ってしまい、起こすのに一苦労した事もよくありました。このままでは、サッカーも受験も中途半端に終わってしまうのでは?といった不安は常にありましたが、おもいっきりサッカーで汗を流した後は、気持ちを入れかえて名進研の取り組みに臨むといったスタイルが一番やりやすい様子でした。

六年生の名進研夏期講習が始まろうとしていた時、名進研の先生方から受験に向けての姿勢、取り組みについてのお話を聞いてきました。甘い考えを捨て、受験モードにスイッチが入った名進研生の息子は、夏休み明けの試合で蹴り収めると決心し、名進研夏期講習に臨みました。

名進研の先生方は、名進研生の息子の個性を認め、良い事はしっかり褒め、伸びれば子供と共に喜び、自分に負けそうな時はしっかり励まして育ててくださいました。そういった温かく見守ってくださる名進研だからこそ、楽しく喜んで通えたのだと思います。

一日八時間の勉強を続け、帰宅後も名進研の宿題に追われる毎日。それでも受験生のつらさを微塵も見せずに、毎日吸収する知識を明るく披露してくれる名進研生の息子に、勇気づけられるほどでした。苦手な社会を克服する為、壁一面に貼り付けた手作り年表。車での移動中を利用して、歴史のCDを音楽にのせて覚えたりと、息子なりに思考をこらして取り組んでおりました。第一志望の海陽中等教育学校の対策は、名進研の先生が授業の前後で、個別に対応してくださり、受験テクニックを教えて頂ける質問の時間が息子は大好きでした。又、内容の濃い名進研プリントの量の多さ、受験校対策の名進研の先生手作りのプリントは本当に素晴らしく感動しました。

受験当日、試験会場に向かう前に息子と強く握手を交わしました。名進研生の息子は「やるべき事はすべてやった。」という晴れやかな顔。私も今日まで風邪をひかせず体調を整えて送り出せる安堵感と、サッカーと両立しながら受験をあきらめずここまでこれた満足感で一杯でした。この日に向けて、根気強くやり抜いた努力は、大きな自信となってこれからの学生生活を支えてくれるでしょう。海陽中等教育学校、南山中学校男子部をはじめ四校の合格を頂き、また違った意味での握手を交わし喜び合いました。名進研に通い受験を終えた今、息子は一回りも二回りも大きく成長し、生涯大切にしなければいけない精神が身に付いたように思います。ご指導いただいた名進研の先生方、本当にありがとうございました。

息子の笑顔が宝物

三年生の名進研の冬期講習を受け、息子の希望で名進研に入会し、三年間お世話になりました。

南山中学校男子部・名古屋中学校・鶯谷中学校の合格をいただき、春から南山中学校男子部へ入学します。

名進研に入会時は名進研のJSでしたが、五年生になり成績は急降下。名進研の保護者会で聞いていた最悪のパターンに陥ってしまいました。その後も名進研での成績は上下を繰り返し、出口が見えない状況でした。答えを丸写しして名進研の宿題をしている姿を目撃し、壮絶な母子バトルにもなりましたが、なかなか直りませんでした。なぜこんな事をするようになったのかを真剣に探りました。原因は「理解できている・覚えている」つもり状態でした。基本が身についていないから名進研のテキストの問題が解けなかったのですが、それを認めたくないために答えを写してごまかしていたようです。早く気付くべきでした。

名進研の夏期講習中に基本からやり直そうとしたのですが、名進研の宿題だけで手一杯の状態で終わってしまいました。焦る親を尻目に息子は、受験は五年くらい先だと思っているかのような呑気さ。どうすればやる気になるのかと考えた末、ポイントシール作戦を開始。案の定、シールが欲しいがために異常なまでに頑張り出しました。そして、間違えた箇所はケアレスミスなのか理解不足なのかをきちんとチェックし、理解できていない部分は名進研のテキストの基本問題に戻り、しっかり理解させました。その結果、名進研の冬期講習直前に名進研でJS2に上がる事が出来、基本の大切さをしみじみ感じました。また、楽しみにしていた『名進研の正月特訓』では名進研のJS1の子と同室になり、名進研以外での勉強のやり方が分かって、良い刺激になったそうです。

南山中学校男子部の入試一週間前からは、過去問を七年分、一問一答形式で集中して行いました。そこで明らかになったのは問題をきちんと読んでいないということ、致命的です。入試当日、張り出された問題用紙を見て驚きました。この一週間集中してやった問題とほとんど同じ内容の問題ばかりでした。この分だと合格間違いなし!ただし、問題がきちんと読めていれば…。しかし、試験前に門の前で名進研の先生から「おい~、問題しっかり読んでくれよ~。頼むよ~」と言葉をかけていただいたおかげで、きちんと問題を読む事ができ、無事合格することができました。

名進研に合格の報告に行ったとき、「名進研の先生方が全員で祝福してくれた。」と満面の笑みで話してくれた名進研生の息子の笑顔は、一生忘れることのできない宝物です。「やっと終わったね。」という私に対し、「何言ってんの?中学受験なんて大学受験の練習だよ!まだまだ続くんだよ!これからだよ!」という息子の言葉に、頼もしいやら気が遠くなるやら複雑な思いでした。最後まで励まし、支えてくださった名進研の先生方に心から感謝しています。どうもありがとうございました。

「名進研のテストのたびに一喜一憂しないでください。」と毎回、名進研の保護者会で言われ続けること約二年。そんな名進研の先生のアドバイスに反して、毎回、「一喜一憂」していました。

義母の強い希望で始めた中学受験。五年生から名進研に入会した娘は、初めての名進研実力テストで名進研の先生の「ハイ!あと五分!」という声に驚き過ぎ、手の震えが止まらず、何もできませんでした。いきなり名進研のJSクラスは、かなりハードでしたが、親子で泣きながら必死に名進研のテキスト問題に取り組み続けるうちに南山中学校女子部を目指すようになっていました。

六年生の名進研の夏期講習。最後まで頑張れるだろうかと心配しましたが、上手に時間を使うコツをつかんだのか、名進研の夏季講習にとても楽しそうに通い、念願の名進研でJS一番の席に座ることができました。しかし、それがゴールではないのに、直後から名進研での成績は急降下。勉強時間を確保するため、早起きして頑張りましたが、人の倍、睡眠時間が必要な娘にはすぐに限界がきて、逆効果でした。すっかり自信を失った娘に、名進研の先生方が根気よくアドバイスをしてくださり、最後の名進研プレ中学入試では、南山中学校女子部合格率80%近くをマークすることができました。

しかし、残念なことに南山中学校女子部は不合格。失意のドン底にいる状態で、愛知淑徳中学校の入学説明会に出席しました。ずっと下を向いていた娘でしたが、名進研で自分より上位だった名進研生の友達が数人いることに気付き、安心するやら、うれしいやら…。愛知淑徳中学校マーク入りの通学カバンを購入する事で、ふんぎりを付け、その日から愛知淑徳中学校を好きになる努力を続けています。

「名進研に入って受験してよかった。名進研で勉強するの楽しかったもん。すごくたくさんの名進研の先生にも会えたし、いろんな名進研生の友達もできたよ。」泣いてばかりいたあの娘から、こんな言葉が聞けるなんて…。厳しくつらい名進研での二年間でしたが、精神的にものすごく成長したなぁと、実感しました。

難しい性格の娘をいつも気に掛けてくださり、支えてくださった名進研の先生方には、感謝の気持ちでいっぱいです。

心身共に成長し続ける娘をいつまでも応援してください。

逆転勝利も大いにありうる

この春から、わが元名進研生の息子は、南山中学校男子部へ通う事になりました。

今名進研での受験生活を思い出しても、中学受験は、試練の連続で、合格迄の道程は、遠くて長いものでした。五年生の春に名進研に入会した息子は、二年間名進研のJSクラスに在籍してそれなりに安定した成績もとっていました。余程の事がない限り初戦、二戦は合格できると確信していたと思います。しかし予想に反して、結果は二連敗、あまりの悲惨な結果に弱気になってしまった私は、勝手に公立進学への道が断ち切れてないんだと決めつけ、名進研に通うことや受験をやめた方がいいのではと提案したのです。

しかし名進研生の息子は、絶対私立へ行きたいの一点張りで譲りませんでした。思えば曖昧な動機で名進研に通い受験勉強に取り組んでいた名進研生の息子が初めて自己主張をしたのがこの時だったと思います。三校目の受験を目の前にして、漸くエンジンがかかったのかなと思いつつ、あまり期待し過ぎるのも良くないと半信半疑で試験日を迎えたのでした。そして期待と不安の入り混じった中迎えた合格発表の日の朝、名進研生の息子は合格した夢を見たと嬉しそうに起きてきました。しかし二度の失敗を見てきた私は、正夢だといいねと、返すのが精一杯でした。

それから3時間後、今までとは違う厚みの封筒が届けられたのです。初めての重たい感触に体中が震えました。封を開けると待ちに待った合格の二文字が。やっと認められた、もう苦しい思いをしなくて済むんだ。諦めずに名進研で頑張って受験して本当に良かった。そう思えた瞬間でした。子供が持っている可能性というものは、本当にいつ開花するか予想が出来ません。だからこそ、逆転勝利も大いにありうるのです。二年間の名進研生活の中で、子供を信じて励ます事の大切さを学びました。最後になりましたが、お世話になった多くの名進研の先生方にお礼を申し上げます。有難うございました。 

「これでわかった?」

息子の中学受験が終わってすぐの娘の名進研への入会でしたので、正直いって少々気の抜けた状態でのスタートでした。おっとりとして(と思っていただけなのかも?)ぼんやりしている娘なので、名進研からどこか私立中学に入ってくれればいいな、ぐらいにしか思っていないところもありました。やはり、そういう態度が反映するのか名進研の成績はいまひとつのままが続くと、余計にやる気もなくなり、私自身が本当にこのままでいいのだろうかと考えました。中学受験を専門でやっている名進研に入った以上、しっかり目標をもってやらないと名進研の先生方に失礼だし、せっかくの小学校生活が中途半端になり勿体無いと考えるようになりました。

そこで、いろいろな学校を訪問すると、南山中学校女子部の校舎のきれいさや生徒さん達のまじめで感じの良い様子をみて名進研生の娘は、「この学校に通いたい!」と彼女にしては珍しくしっかりとした意志を持ち始めました。だからといって入りたいという気持ちとすぐに勉強に熱が入るということは、つながるわけではないようで五年生のうちは、名進研の成績はアップダウンの繰り返しでした。末っ子の甘えっ子なので、社会は私と覚え合いっこ、算数は名進研のテキストなどで、どちらが早く問題が解けるかの競争をしたりして、モチベーションを一生懸命上げる工夫をしました。徐々に私より出来るようになってくると、すごく嬉しそうに算数などは、解き方を教えてくれ、「これでわかった?」などと得意気な顔をするのがおかしかったです。

そして六年の夏休み頃から本当に顔つきも変わり懸命に名進研の宿題もこなすようになりました。そんな様子をみると今度は、なんとか夢を叶えてあげなきゃと思うようになり、名進研の模試の結果もハラハラするようになってきて、受験は何度やっても慣れることなんてない大変なんだなと思いました。だからこそ、南山中学校女子部の合格通知を頂いた時の喜びはひとしおで、名進研への感謝の気持ちで一杯になりました。

親子共々六年間名進研にお世話になり本当によかったなと思います。名進研の先生方、どうもありがとうございました。

上の子が、滝中学校に合格した日、下の子も兄と同じ中学校に通いたいと言い出した。『さて、塾は?』と考えた時、兄と同じ塾では、やっていけないだろうと直感した。兄の場合は、私が教えながらの勉強ができたが、何でも自分でやりたがり、私の言葉など耳を貸さない娘には、とても教える事ができない。そこで、面倒見が良いと定評のある名進研にお願いすることにした。名進研は各地に所属校があり、東海地方の情報量も多く、名進研の生徒もたくさんいると聞き及んでいた。幸い、名進研の校舎が自宅近くにもあり、晴れの日は自転車、雨の日は徒歩で名進研に通塾できた。

兄は五年の三学期から受験勉強をはじめ、なんとか第一志望校に入学できたので、娘は一年も前に名進研ではじめたから余裕だと親も子も高を括っていた。五年の頃は習い事も遊びも制限する事なく、のんきに構えていた。そのつけが六年に入ってから顕著に見られるようになってきた。勉強しても名進研の成績は伸びず、下降気味。本人も自信喪失、やる気もなくなってきた。

『私はどうして滝中学校に入りたいのかな』などと言い出す始末である。親も『公立中学に行けばいいじゃないの』と、心の中とは裏腹の言葉を発したりしていた。毎日、暗い日が続いていた。

その頃、名進研の先生から『志望校の学園祭に連れて行ってあげてください。本人の目的意識が変わってきますよ。』というアドバイスを名進研で受け、滝中学校の学園祭「長月祭」に連れて行った。学園祭で生徒たちがのびのびと芝居をやったり、展示物を披露したりしている姿を見て、名進研生の娘の闘志に火がついたようだ。『私はどうしても滝中学校に入りたい。入ってみせる。』と。苦手の社会では単語カードを作ったり、分からないところがあったら、ちょっと早めに名進研に行き先生に質問したりしていた。名進研での学習姿勢が明らかに変わってきたようだった。その時名進研の先生に質問した問題が、何と入試に実際に出題されたのだ。『あの時、分からないままにしないでよかった。名進研の先生に分かりやすく説明してもらってよかった。』と娘は喜んでいた。

本当に名進研の先生にはお世話になり、感謝に堪えません。ありがとうございました。

短期集中

入学式を間近に控えて、息子の名進研での合格までの道のりを振り返ると、充実した一年間であったと思います。

私自身は、将来を考え私立中学への進学を望んでいましたが、本人は特に私立中学受験には執着していませんでした。

五年生の二月に、これが最後のチャンスだと思い、試しに名進研の入会テストを受けさせました。気乗りしない息子も不合格の結果によほど悔しかったのか再度名進研のテストを受け、何とか合格することが出来ました。

名進研に六年生からの入会という圧倒的な学力不足からのスタートで、本人も相当なプレッシャーを感じていたと思いますが、私達の期待以上に息子は奮起し、名進研のテストゼミでは白星を順調に重ね、最終的には名進研でTN2にまで進む事が出来ました。

志望校についても、名進研に入会当初は南山男子が第一志望校でしたが、成績の向上に伴い、滝中学を目標に変え、最終的には本人の強い希望と名進研の先生方からのアドバイスもあり、東海中学を目指しました。

結果は、名進研から東海中学に合格し親子で感動を味わう事が出来ました。わずか一年の間に名進研で学力そして強い精神力がこれ程までに伸びるものかと感嘆しました。当然本人の努力の結果なのでしょうが、それ以上に何より名進研の先生方の励ましの言葉が能力を引き出し、引き上げてくれたものと感謝しています。

入学後も今まで以上の努力が必要でしょうが、名進研の先生方からの温かい指導を思い出し頑張ってくれる事を期待しています。

ありがとう!

名進研での長い受験勉強から開放され、この春から名進研生の息子はめでたく東海中学に通えることになりました。名進研の先生方、本当にお世話になりました。考えてみれば本人が受験を希望し、名進研に通い始め、受験が終わる今迄に、紆余曲折、本当に色々なことがありました。

名進研の授業は学校の勉強とは進むスピードも難易度も全く違い、名進研での勉強がわからない、難しい、進まないという、これまでに経験したことのない苦労をし、それでも名進研には自分より成績の良い名進研の生徒が多くいる事で挫折感を味わい、名進研に行くまでは感じる事のなかった思いを経験した事が、どちらかというと競争心があまりなく、楽天的な息子にとってはかけがえのない名進研での経験となったと思います。大変な思いをして名進研に通い合格を勝ち取ったという経験は、これからの人生において、壁にぶつかった時、逃げたくなる程苦しい時に、きっと彼自身の支えになり励みになると思います。

我が家は、私も仕事を持っており、現在次男は三歳、次女は一歳という、とても親子で受験に立ち向かおう…という環境ではない為不安もありましたが、主人も私も受験は本人が決めた事なので、合格する為の努力や苦労も全て自分に返ってくる。試験の結果を受け止めるのはあなた自身、だから後悔しないようにしなさい、と言い続けてきました。

本人もそれは良くわかっていて、人のせいにしたり八つあたりは全くなかったですが、

息子が名進研に入会したのが五年生の名進研の冬期講習からでした。
それまでは近いからという理由だけで、同じ町内の名進研以外の塾に通っていましたが、塾内の学習環境に以前から、「これでいいのか」と不安に思うところが多々あり、転塾するなら今が最後のチャンスと、名進研の門をくぐりました。名進研の説明会で教室長先生のお話を聞き、ここだ!と感じた私の直感は間違っていませんでした。先生方は名進研への遅い入会の息子が気後れしないように、常に配慮してくださいました。

入会して数ヵ月後の名進研の個人面談で、名進研の先生が「名進研の他の生徒たちとちがって接してきた時間が短いので彼には厳しくするよりなるべくほめるようにしています。だからといって、油断したり調子にのるような彼ではないですから。」とおっしゃった時、わずかな時間で息子のことを理解し指導してくださっている事に感動を覚えました。そんな名進研の先生方に息子は全幅の信頼をおき、本当に真面目に出された課題をこなしていきました。名進研でも友人にも恵まれ、もう何年も前から名進研生だったように、自然にとけこんでいる様子に改めて名進研に転塾させてよかったと思いました。

名進研での成績の方はクラスはJS、名進研のテストゼミはTN2からのスタートでした。名進研のプレ中も安定しており偏差値は常に60以上をキープし、名進研の夏期講習では始めから終わりまでE1でした。後期から名進研のゼミのクラスがTN1になり彼は何としても俊秀に上がりたいと努力していましたが、なかなか白星が続かず、あと一点と涙をのんだ時もありました。一点の重さを知るよい機会でした。名進研の東海中のプレは二回とも合格可能性は90%以上でした。年末頃から調子がではじめ、念願かなって最後の最後に名進研の俊秀のブラックカードを手にした彼は大喜びでした。本命校の入試前だっただけに大きな自信につながりました。 

ここまで書くと、順調に受験生活を送っていたように思われたでしょうが、我が家始まって以来の最大のピンチが入試まであと二ヶ月というとき起こりました。母親である私が入院、手術しなければならなくなりました。手術を何とか入試が終わるまで延ばせないか医師に尋ねましたが返事は【否】でした。

自分の病気のこともショックでしたが、それ以上にこんな大事な時に本当に彼に申し訳ない気持ちで目の前が真っ暗になりました。もうダメかもしれない。私が彼の希望をつぶしてしまうのか。悪い事ばかり考え涙にくれる日々でした。そんな中で名進研生の彼は私の思いとは裏腹に「お母さんがいなくても、自分の事は自分で出来るし、名進研も送迎してもらわなくても自転車と電車を使って一人で通える」と非常に強気で不安な様子もみえない事が救いでした。

十二月の寒い中名進研生の彼はよく頑張りました。心配していた名進研の成績もブレることなく、やるべき事を自分で計画、管理し着々とこなしていました。幸いなことに私の術後の回復も早く、名進研の正月特訓には付き添っていけるまでになっていました。

さぁ、いよいよ入試本番という時になって今度は私の父が他界。第一志望の東海中学校の入試わずか十日前でした。「○○頑張れ、おじいちゃんも頑張る。」が私が聞いた父の最後の言葉でした。

それまでの不安や悲しみを乗り越えて挑んだ二月七日。結果は合格。本当に名進研生の彼は強かった。

息子が様々なアクシデントにも動じない精神力と平常心を保てたのは、名進研の先生方の指導を心から信じていたからだと思います。名進研以外の勉強は何もせず名進研の先生がやりなさいとおっしゃったことを確実にこなす。この積み重ねが名進研生の彼の強さの源だと感じました。

「頭だけでなく心も強くする」とおっしゃった名進研の室長先生の理念が合格へと導いてくださったのだと思います。名進研には改めて感謝申し上げます。

受験の思わぬ産物

「みんなよく元気に受けにこられたね。これだけで十分うれしいね!」と、二月の朝、とある中学校の講堂で、名進研の塾友のお母さんたちと喜び合いました。ああ、こういう気持ちをもてる親御さんの育てたクラスメートのいる名進研だからこそ、我が子も友人に恵まれ、支え合ってここまで来られたのだと感謝しました。

息子は五年生から名進研に入会し、あまりに高度な名進研の授業内容にショックを受けながらも、真面目にコツコツと(しょっちゅうダラダラして叱られながらも)頑張ってきました。名進研の先生方が大好きで、毎晩、「名進研の○○先生がこんな話をしてくれた!」と報告していました。自由に遊べる時間が減ったものの、名進研で先生や友だちから元気をもらってくるようでした。

ところが六年生の秋からはさすがに名進研の勉強がハードになり、大スランプに突入。机に向かえない、ようやく向かっても目がうつろ…。こんな様子を見るのは初めてで親は「もはやこれまでか」と観念しました。根が真面目なだけに、これまでのコツコツペースではこなせない難度と分量の名進研の課題を前に気持ちが疲れてしまっていたのでしょう。親は心配するだけで何もできないでいましたが、ある晩、いちばん信頼する名進研の先生から声をかけてもらったと、ほんの少し明るい表情で帰ってきました。このころから徐々に気持ちが上向き始めたように思います。それでも要領の良くない彼にとっては、毎晩10時まで名進研の自習室に残っても課題をこなし切れない苦しい日々が続きました。名進研の正月特訓も終わり年が明けた一月も、毎晩名進研の先生お手製の名進研プリントをひたすら復習していました(母は早く寝かせようとひたすら監視)。緊張がピークに達するわが家を救ってくれたのは無邪気な小三の弟でした。兄も、弟とじゃれ合う時だけはリラックスでき、弟はますます兄を慕い、これまでになく良い兄弟関係になりました。これは受験の思わぬ産物でした。

受験が終わり思うことは、とにかく本人の好きなようにさせるのが一番だということです。がむしゃらに勉強したいならそうさせる。スランプに陥ったらとことんダラダラさせて気力の回復を待つ。ただし家族は、睡眠時間の確保や今この時期になにを押さえておくべきかに、こっそり気を配る。なかなかこうは出来ず、反省ばかりの二年間でした。

それでも何が幸いしたのか、元気に全校を受験でき、本人が強く志望していた学校に入れることになりました。いろいろ相談に乗っていただいた名進研の先生方、名進研の塾友のみなさんとお母様たち、試験日に祈ってくださった親友のご家族のみなさま、本当にありがとうございました。 

常に前向きに

名進研生の娘が憧れ続けた愛知淑徳中学校の制服が届き、娘の幸せ一杯の笑顔を見て、私は改めて「合格おめでとう!良かったね!ほんとうによく頑張ったよね」と声をかけました。娘が中学を受験すると決め、名進研に入会させていただいたのは六年生になる少し前のことでした。名進研に入会させていただいたものの、親の私には受験や名進研の生活等に関しての知識がほとんどなく、親子共々「とにかくやるだけやってみよう。無理ならあきらめよう。」というような状態でした。実際、名進研の宿題に取り組むものの、手も足も出ずため息ばかり。結局算数などは解けないままで終わることはしばしば。

その上、名進研への通塾も大変で下校時刻が行事等で遅くなった時には遅刻した事もありますし、そうでなくても、帰宅すると大急ぎで仕度して走って駅ヘギリギリ間に合うという毎日。名進研での勉強もついていくのが精一杯、名進研への通塾ですらギリギリ。「これでは続けるのは難しいかもしれない。いずれ本人が名進研をやめたいと言い出すのでは…」と覚悟しておりました。

しかし、

「お母さん」

四年生の後期から名進研に通い始めて長かった二年半が終わりましたが、終わってしまえばあっという間の二年半でした。息子は、名進研の入会時から東海中学校に入学したいという強い意志を持ち一人でコツコツと頑張っていました。そんな名進研生の息子を支えてくださったのは名進研の先生方でした。名進研の先生方に言われた事は忠実に守り、私にできた事といえばお弁当を作ったり、遅くまで勉強している息子を起きて待っている事ぐらいしかありませんでした。

名進研の正月特訓も参加しました。私は名進研の正月特訓の勉強のつらさよりも、朝起きれるか、ホテルのシャワーを使えるのか、食事は食べられるのかなど、くだらない事ばかり心配していましたが、終えて戻ってきた名進研生の息子は「名進研の正月特訓、勉強はつらかったー。部屋はシングルだったけど何も問題なく過ごせた。参加してよかった。」と一回りも成長していました。

名進研の正月特訓が終わるとあっという間に受験が始まりました。一番の愛知中学校は受験生の数も多かったですが、応援の塾の先生方の多さにびっくり、なかなか名進研の所属校の先生を見つけられずにいた私たちに「オーイ」と名進研の先生が大きな声で呼びとめてくださいました。そこで「一番最初、良いスタートを切れ」と名進研の先生に声をかけていただき、二人共落ち着いたのではないでしょうか。続く名古屋中学校、東海中学校は面接がありました。大切な面接だから、特に東海中学校の面接は男性の方が多いと聞いていましたので、父親が面接を受けると勝手に決めていました。子供に「お父さん、お母さんどちらがいい」と聞いても、どちらでもいいという答えでしたので、父親に決まっていました。直前になってもう一度本当はどちらがいいのか聞いたところ「お母さん」という答えが返ってきました。説明会などあまり参加していない父親の出席で心配させていたのでは、と申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。皆様方もよくお子様の気持ちを聞いてあげてください。

晴れて四月からは東海中生となります。名進研の先生方には本当にお世話になり、ありがとうございました。名進研には心より感謝しております。 

私が一番望んだ姿勢

息子は第一志望校の東海中学校へ名進研で合格することができました。東海中学校が不合格なら地元の公立中へ行けばいいとずっと名進研生の息子に言っておりました。名進研生の息子はすごいプレッシャーに勝ち、精神的に強くなったと思います。小四の四月より名進研に入りすぐにその事が学校、学年に広まりみんなに受験することを知られ、東海中学校受験を息子の学年だけでなく弟や妹の学年にまで広まってしまい、合格へのプレッシャーは相当なものだったと思います。でも名進研生の息子は最後までマイペースでした。合格発表日をクラスのお友達もそれとなく知っていたようで、学校から帰宅後合格通知を見るやいなやすぐにお友達へ知らせに飛び出して行きました。クラスのお友達が家の外で、そして学校のグラウンドで結果をずっと待っていたようでした。我が家は学校から大変近いのです。みんなから合格おめでとうと言われ、次の日学校へ行くと先生方、用務員さん、違うクラスのお友達みんなから、東海中学校合格おめでとうと声をかけてもらえたと本当に嬉しそうでした。

東海中学校へ合格を勝ち取れたのは、最後の一月末、正確には受験日ぎりぎりまで名進研で頑張ったからです。名進研ゼミの毎回やる名進研テストプリントは、理科社会は全てパーフェクトに覚えきりました。算数は苦手な単元を得意にさせました。国語は漢字も含め全て名進研テキストをむらなくやっていました。私は一月頃勉強している息子の姿を見ていて「あなたはもう東海生だね」とよく名進研生の息子に言っていました。苦手だった算数は一月頃には得意科目と本人が言えるまでにもなっており、前から得意科目であった社会は受験当日百点目標としておりました。受験当日、名進研生の息子は四教科共名進研生の自分に自信をもって受けることが出来たのです。これこそ私が一番望んだ姿勢でした。名進研の受験生のみなさん、第一志望校合格目標のために苦手な単元は、自信がつくまで何回もやりあきらめないで、ぎりぎりまで頑張ってください。私はお弁当や雨降りの時の送迎をしただけ。受験を最後まで頑張り続けた名進研生の息子は、きっと中学校へ行っても次の目標に向かってまた努力してくれるでしょう。人生一回限り、これからも走り続けてほしいです。名進研の先生方、お世話になりました。名進研に入会させてよかったです。名進研で中学受験させてよかったです。

覚悟を決めました

小学三年生の名進研冬期講習から名進研に入会して六年生まで長い期間でしたが、今思えばあっという間に過ぎました。子供だけで電車に乗って毎日通った名進研。夜も遅くなり10時過ぎに駅に迎えに行く日々、私も名進研生の子供も気力だけの名進研生活。勉強もついていくだけでしたが、本人なりには頑張っていました。私も勉強は名進研まかせで、ほとんど何もしていない名進研生の親でした。私に出来る事は、小学校への迎え、そしてお弁当作り、最寄りの駅までの送迎でした。成績は伸びず、いつも名進研では下のクラスでしたので、私も名進研テストのたびにどうしても怒ってしまい、何でわからないのか、出来ないのか、ヒステリーになる自分がいました。なかなか子供を褒める事ができなかったのが反省する一番の点です。

名進研正月特訓に行かせた事は、良かったと思いました。名進研生の本人も頑張ったという気持ちがあり、それ以降は気合いも入ってきて、今までよりやる気が出てきたように思えました。もっと早くからこの気持ちになれなかったのか、と思うと本当に残念であります。夏休みにでも、名進研特訓合宿とかやって欲しかったと思います。受験は厳しいです。本人としては、できたような気がするといった所も、不合格の通知が届き、親子で落ち込みました。その中で合格をいただいた学校に、行くかどうか悩みましたが、主人の親から、「今まで頑張ってきたから受かった中学校に行かせてあげなさい」との一言で覚悟を決めました。

今日落ちたらどうしよう!東山動物園の観覧車から見た八事の森の風景が忘れられません。95%以上名進研で合格すると言われていた愛知中学校に不合格となった時は、「まあたまにそういう生徒もいる」という名進研の先生の言葉もあり、名進研生の親としても残りの三校を頑張ればよいと思っていました。その次の週、まさか落ちると思っていなかった名古屋中学校も不合格になり、正直どうすればよいか分からない状態でした。家内もほとんど放心状態で、家の中が真っ暗でした。今振り返ってみると、ここからの一週間がその後の明暗を大きく分けたと思います。名進研生の親なりに不合格の原因の分析をしたところ二つ問題がありました。

原因①もともと国語が非常に苦手でそちらの強化に気を取られて、他の教科がおろそかになってしまった。名古屋中学校の理科の点数を見て愕然!

原因②体力のない小学生は受験会場に着くまでに疲れてしまい、試験で最後まで集中力がもたない。本人曰く電車による長距離の移動(岐阜から名古屋)や自由ヶ丘からの徒歩など、慣れない場所での不安が相当大きかったようです。結果として四時間目には(早い場合には三時間目から…)気持ち悪くなる。

多少情けないと思いながらも、最後の南山中学校男子部に向けて対策を施すことになりました。最後の一週間は、南山中学校男子部一本に絞ってできることはすべてやりました。算数の作図、国語の文章読解、などヤマを張りました(結構当たっていた!)。また南山中学校男子部でウェイトの高い理科(物理分野)には特に注力しました。過去問、名進研テキストを徹底的にやり直させました。夫婦で今までにないくらいつきっきりでした。

また、試験当日は車で試験会場まで送ることにしました。時間が読めない分、遅刻の危険はありますが、電車で行くのに比べてかなり時間が短縮できました。天気が良かったことも幸いし、子供にも精神的、肉体的な余裕が生まれ、自信を持って?当日の試験に臨むことができました(試験の間は、下の子どもを連れて東山動物園で時間をつぶしていました)。当日入口の前まで行くと名進研でお世話になった名進研の先生に直接励ましていただいたことも大きかったです。

数日して、少し厚みのある合格書類が自宅に送られてきました。家族はもちろん親類一同大喜びでした。その時の名進研生の息子の一言がすべてを物語っています。「ありがとう。合格して良かった。」

おかげさまでこの春から第一志望の南山中学校男子部に進学することになりました。名進研の先生方には大変お世話になりました。ありがとうございました。 

振込用紙...?? 「合格!?」

四年生から名進研でお世話になり第一志望校に合格することができました。今、振り返って印象に残っているのは二つ。受験当日と合格発表の日です。

まずは、受験当日の朝…中学校の入り口に名進研以外の色々な塾の先生が並んでいる姿を見て「この風景、テレビで見たことあるね。」と名進研生の娘と話しながら門をくぐりました。少し進むと名進研の白いコートを着た各校の名進研の先生方が見えました。私は名進研生の娘より一生懸命、名進研の所属校の名進研の先生を探し、見つけた瞬間うれしくて思わず手を振ってしまいました。同時にとても安心して涙があふれそうになりました。今まで受験するのは子供本人だと割り切っていたつもりの私が一番緊張していたのかもしれません。名進研生の子供たちを激励する一瞬のためだけに真冬の朝早くから中学校の入り口に立ってくださった名進研の先生方は、受験生だけでなく私たち名進研生の親も励まし勇気づけてくれる大事な存在であることを実感しました。本当に「感謝」の一言です。

そして合格発表の日…速達が待ち遠しく朝から落ち着きませんでした。しかも名進研生の娘が「学校から帰ってくるまで封筒を開けないでね!!」というのです。私は悩みました。そう言われたものの開封してしまおうかと…。そんな思いの中、午前10時。ピンポーン。速達が届きました。さあ大変です。受け取る時に手は震えるし、変な汗は出てくるし、中身は見れないし。何とか透かして見えないかと試行錯誤すること数分。封筒に入っている用紙が見えた気がしました。振込用紙??ということは「合格」!?でも合格通知書を確認したわけではないし…複雑な気持ちになりました。

午後4時。名進研生の娘が走って学校から帰ってきました。娘のはさみを持つ手が震え、封筒が上手く切れません。「やったぁ。★o(´▽`*)/♪☆受かった~!!」名進研生の娘が叫びました。涙が止まりませんでした。私にとっての長い一日が終わりました。そしてとても疲れた一日でもありました。でも「合格」という言葉がすべてを吹き飛ばしてくれます。この喜びは体験した者でないとわかりません。名進研のみなさんも頑張ってください。

最後に、受験勉強を楽しいと思わせる環境を作ってくださった名進研の先生方、ありがとうございました。 

滝中学校の合格通知を見て、数秒、思わず涙している自分に正直驚き、涙を手で拭いながら「何か泣けてきた…」というと、主人も「オレも…」「うれし泣きなんて生まれて初めてかも…ね…」と互いに話が続く…。名進研生の息子は、ホッとした顔で、「オレが泣いてないのに…」と冷静に言っている。が、待てよ…。それほど、大変で苦労したんだぞーと、メラメラと半年から一年位前の出来事が思い出された。

五年の夏に名進研JSから始め、「イヤ」の一言も言わず、六年の春までは楽しげにも見えた名進研だったが、ゴールデンウィーク中に「辞表」をポストに入れることになった。名進研の先生たちのサポートで、何とか切り抜け、夏には、朝8時から電車に乗り、名進研の所属校にも、弁当を届け、夜9時位までは一応やってはいたようだった。時には名進研の友だちが遊びに来たり、行ったりして、息抜きを大いにしつつ、秋には少し名進研での成績も上がりかけたが、またもや「受験拒否病」が出て、第一志望の文化祭でさえ、友だちから誘われても行く素ぶりを見せない…。こんな感じで十二月いっぱい親子の攻防は続いた。だから、私は「受験は向いてなかった」と後悔しつつ、でも、途中で止めさせたくはなかった…。常に四月以降、大きなヤマ・大きなタニの繰り返し。依って名進研生の息子は、名進研テストゼミも最後の二ヶ月のみ。もちろん名進研正月特訓にも行かず、名進研の先生から見れば、とんでもない受験生だったに違いない…。本当にドタンバでしかできない息子…。ゲームをやめたのは、受験の一ヶ月前。かといって、毎日家できちんと学習していたのではないが、名進研から「もう帰る」と早く連絡することがなくなり、粘っこくなってきた。毎週のスイミングも辞めることなく、たまにはサッカー部にも顔を出し、体力もつけて臨んだ。

一月からの入試は、順調に合格し、名古屋中学校はスカラー。本人も喜んでいた。東海中学校の算数はさすがに「難しかった…」と算数が得意でも、お手上げ?連続受験、大本命「滝中学校」は、名進研の友だちも一緒に学校へ向え、リラックスしすぎていないか心配になるほど笑顔で入っていった。「自信はある!」と言っていたが今回、滝中学校は難しくて、合格平均点も低かった。ただ、ミスの多い名進研生の息子には、味方になったと思う。滝は算数だけ60分で、一番最後だ。それは、算数のデキを重視しているようだ。

息子のようなノー天気でミスの多い、優等生タイプではない子どもでも日々、名進研で積み重ねた学習と何度も繰り返される名進研テストで、知らぬ間に名進研で力を付けていることもあり得る。とにかく名進研で友だちに恵まれたのもよかったと思う。相変わらず遊びに忙しい毎日の息子だが、これから中学校生活が始まり、噂どおり、学習も厳しく長い通学距離で体も鍛えられる、すっごく楽しみである。

冷静に現状を受け入れて

娘が名進研に入ったのは五年生のときでした。四年生の時に娘が突然「私、中学受験をしたい。」と言い、親としては考えてもみなかった事で、まず塾を探すことから始めました。

そんな中、名進研の存在を知り、名進研本部に連絡したところ、仕事をしている私のために、自宅近くの校の名進研の先生から夜電話を頂き、名進研説明会に参加をしてみました。その結果、名進研へ入会をきめました。このときから娘は、椙山女学園中学校に入学する事を目標にしたようです。

名進研に通ったこの二年間には色々な事がありました。成績は思うように上がらず、名進研JAの中を一列目から五列目を行き来する有様でした。その成績は、六年生になり、月日が進むにつれて下がる一方でした。受験を止めさせようと何度思ったことかわかりません。いざ、名進研で志望校を決めるときになると、成績よりも親の見栄や意地が前に出てしまい娘の行きたいところではない、少しでも偏差値の高い中学を受けさせようと考えました。娘も親の気持ちを察したのか、いつの間にか志望校の一校にしていました。

最初の受験日の二日前に、インフルエンザになり、試験当日には、熱は下がったものの、本調子とはいかず、届いた結果は「不合格」でした。第一志望ではなかったのですが、この結果に目の前が真っ暗になり、どうしたら良いのかわからなくなり、すぐ名進研の所属校の名進研の先生に連絡を入れ相談しました。名進研の先生から「次は第一志望の椙山女学園中学校だからしっかりと今の状況をお子さんに伝えてください。そして、椙山女学園中学校に向けて全力で取り組ませてください。椙山女学園中学校の結果で次のことを考えましょう。」とアドバイスを頂き、その夜は、娘と泣きながら話をしました。その後二人で冷静に現状を受け入れて、椙山女学園中学校に向けて全力で取り組む事にしました。

椙山女学園中学校の試験当日は、思ったよりも緊張もない様子で受けることが出来ました。試験終了後の第一声は「出来た!!」でした。今までに聞いたことの無い力強い言葉でした。二日後に届いた通知は「合格」でした。涙して喜びました。その勢いで名進研の所属校の名進研の先生にも連絡を入れ報告をしました。この二年間本当に辛い事ばかりでした。でもこの合格の瞬間に全てが良い思い出と変わりました。

私が見栄や意地をはった結果、娘には辛い思いをさせてしまいましたが、この春から念願の椙山女学園中学校に通うことが出来、本当によかったです。名進研の先生方には色々とご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございました。

名進研とは

愛知県・岐阜県の中学受験・高校受験・大学受験の進学塾です。受験生を応援するページを立ち上げました。このブログで卒業生たちの熱い応援メッセージを届けていきます。

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