2016年6月アーカイブ

あきらめなくてよかった

「あきらめなくてよかった」

親子共この言葉を本当にかみしめる受験でした。五年生からの名進研通いを最初の頃こそ楽しんでいましたが、自分の力量に余る名進研での勉強を前に気持ちが折れ始め、六年生頃には苦痛になっていた様です。どちらかといえば手がかからず、それまでは先回りして何でもやってしまう子だっただけに、そんな自分との折り合いがつかず、面と向かって親に嫌だとも言えず、ついに学校の保健室に逃げ込んでしまいました。気持ちがのっていない事を薄々感じてはいましたが、それ程までに娘を追い込んでいたのかと自分が情けなくなりました。目も手もかけているつもりが、娘には無言のプレッシャーに映り、気持ちに気づかずにいた事を知りました。

やっとの思いで勉強がつらいと打ち明けた娘と話し合い、しばらく名進研を休むという選択をしました。心も落ち着いた結果「続ける」という本人の意志の元、勉強を再開しました。名進研のクラスでJS・JAを行ったり来たりしながらも順調かと思っていた名進研夏期講習も終わった頃「受験はするけど名進研をやめて一人で勉強する」と言い出し、名進研の先生に相談しました。以前の事もあるので本心を聞く為先生を含め三人で話し合っていくうちに、不安やあせりからの言葉で、名進研をやめたいのが本音ではなく、今のこの状況から抜け出したかった様でした。泣きながら自分の気持ちを伝えようとする娘には、ゆっくりできる時間が必要だと考えました。先生からの励ましの言葉を聞き、親の思いも伝えた上で、どう決断するのか本人自身だと見守る事を決めました。やはり「今までやってきた事をムダにしたくない。」と再びの挑戦がはじまりました。

そして試験当日、晴れやかな顔の娘がいました。これで終わる。そんな気持ちだったと思います。結果は、まさかの第一志望の愛知淑徳中学校の合格通知を受け取る事ができました。何度も挫けては、投げ出しそうになった受験勉強です。名進研でやってくるように言われた事以上の事はやっていません。それでも日々の名進研での努力が報われた事は幸せです。親はただ子供の力を信じて待つ。難しい事ですがそれが子供を強くするのでは、と感じました。まさに精神面での戦いの名進研での二年間でしたが「あきらめない」大切さを学びました。いつでもあきらめられる事をあきらめなかったのは、合格を得た以上に、娘にとっていい経験でした。支え続けてくださった名進研の先生方、本当にありがとうございました。

スランプは突然一月に

先日、注文した制服が届きました。名進研生の娘は早速、真新しいセーラー服に袖を通し嬉しそうでした。残念ながら南山中学校女子部の制服を着ることが出来ませんでしたが、名進研で勉強して万事を尽くした結果なので、今は親子共々この結果を素直に受け止めて、愛知淑徳中学校への入学を心待ちにしております。

名進研には五年生からの入会で、クラスはJS・TN2からのスタート。入会当初は名進研の宿題をこなすのに精一杯。夜9時にもなれば、机で寝てしまうほど体力がありませんでしたので、少しでも早く名進研の宿題を終わる様にと親が横について教えていました。ところが反抗期。色々な事で衝突するばかりで、このままでは親子関係は最悪になると思い、六年生からは一切教えない、口出さない事にしました。結果、一人で(もちろん名進研で)問題を解決する様になり、これは中学生活では必要な事なので良かったと思っています。

合格体験記でも「辛い六年生の夏期講習」と言われているのに、娘が「夏期講習が終わってしまう!名進研は楽しいのに…。」と言うのには驚かされました。きっと充実した夏休みだったのでしょう。その後クラスがTN1に上がり、十一月の名進研プレ中学入試でも南山中学校女子部の合格率85%以上が出たので、このまま行けるかも?と内心親は期待しておりました。

しかし、スランプは突然一月にやってきました!!

二月九日、朝9時少し前。
玄関チャイムが突然鳴りました。

「エ!まさか!早すぎない?まだ心の準備ができていない、どうしよう」
慌ててドアを開け、ペラペラの水色の封筒を受け取りました。それを息子が開封。その瞬間、息子の顔がパッと輝き、「受かった!」その後は、肩を震わせて号泣する息子を見て、私も涙が止まりませんでした。よく、がんばった。本当によく、がんばりました。

思えば、小学四年生の春、私の、「よい環境で子供に教育を受けさせたい」との一存で中学受験を決め、名進研にお世話になることになりました。最初から名進研でのクラスはJSでしたが、今ひとつ、やる気のない息子は、成績が上がるわけがなく、なんとなくダラダラと宿題をこなし、ゲームをやり、時には名進研をサボり、時が過ぎてゆきました。

名進研での成績は、四年生の最初の名進研実力テストが一番良かった、という有様で、どんどん下がる一方。息子には、公立中学校と私立中学校の違い、何故受験をするのか、など事あるごとに説明してきました。又、体験授業などにも行きましたが、今一つ「私立中学校に行きたい」という気持ちを持つことができなかったようです。その様な状態でついに、小学六年生の夏休み明けのテストで、どん底につきおとされてしまったのです。

そこから、私たち家族の本当の闘いの始まりでした。

「リスト作戦」

五年生の春に名進研に入ってから、いろんなことがありました。自分から名進研で受験をしたいと言って始めたことなので、名進研を「やめたい」とは一度も言いませんでしたが、「絶対合格したい」と言う割には、行動が伴っていないことも多かったです。名進研の先生方からは「お母さん、叱らないでください」と言われましたが、誰かが言わなければ、現実を見つめることはできないまま時間だけ過ぎていってしまい、結局合格できなくてつらい思いをするのは息子なのだと思い、「こんなんじゃ絶対合格できないよ」と喝を入れました。その度息子は「名進研でがんばってるのに、お母さんはわかってくれない」とふてくされていました。

喝を入れるだけでなく、名進研での勉強だけで他に何もなかった二年間にならないように、時間を作っては、いろんなところに出かけたり一緒に遊んだりもしました。遊ぶ時は思いっきり遊ぶ、めりはりのある生活に気をつけました。

それでも六年生の後半には我慢することばかりになり、「合格したらやることリスト」と名付けたノートに書いていくことにしました。「思いっきり友達と遊びたい」「休みの日にごろごろしたい」「録画してある番組を順番に見る」などなど…。ノートはどんどん埋まっていきました。息子が「あー、○○やりたいな」と口にするたび「じゃあ、それもリストに書いておいたら」と言っていました。「名進研で合格したらこのリストの順番にやっていくんだ、やることいっぱいで忙しいね」息子はリストを眺めながら合格した時のことを考えてうれしそうでした。書くことでストレスを発散させ、さらに合格した自分をイメージできて一石二鳥の「リスト作戦」はお勧めです。

志望校の受験日、名進研の先生に会えなくて「名進研の先生と握手したかったのになぁ」とつぶやいていたので、心細いのかと私が手を握り「がんばって」と声をかけると、反対に「大丈夫だよ、心配しないで。合格してくるから」と笑顔で励まされ、なんて成長したんだろうと、涙が出ました。

そして息子の言葉通り、無事志望校に合格することができ、今はリストをこなす毎日で大忙しです。それでも、「そんなに遊んでばかりでいいの?」という喝もしっかり入れました。合格はゴールではなく新しいスタートですから。すると「そうだね。もうちょっときちんとしないとね」と自分なりの守るべき十三ヶ条とやらを作ってきて驚かされました。

名進研に通った二年間で身に着いたものは、単に学問だけでなく、我慢すること、がんばること、一生懸命やればきっとうまくいくと信じる心。みんな名進研の先生方から教えていただきました。名進研の皆様方には本当に感謝しています。

これから新しい学校での生活で大変なこともあると思いますが、きっと乗り越えていってくれると信じています。

入試結果が届き、震える手で、ドキドキしながら、名進研生の息子とふたりで開封…

『合格』の二文字。

「やったぁ~!」「やったぁ~!」名進研生の息子と手を取り合って、飛び上がり大声で叫んでいました!すぐ主人に報告。あとで聞いたところによると、主人もひとり「やったぁ~!」と大声で叫んだそうです(笑)。

名進研の所属校に電話連絡…ワンコール。名進研の先生に「東海中学校、合格しました!」と伝えると、「おめでとうございます」の後ろから、パチパチパチと、名進研の先生方の拍手の音!一生忘れることのない、本当にうれしい瞬間でした。

五年生の冬、一月から名進研に入会した息子は、それまで、受験勉強をしていなかったため、入会当初、他の名進研生の子ができる分数の割算・掛算もできず、泣いて帰ってきたこともありました。最初はどの教科もわからないことのほうが多く、名進研の宿題と、テストゼミで間違えた問題の直しに時間がかかり、寝る時間が遅くなることもあって、勉強より健康面を心配しました。

名進研夏期講習も終盤になる頃やっとペースがつかめるようになり、短時間でたくさんのテキストの問題が解けるようになっていき、少し希望が見えたような気がしました。

二学期になり、学校で運動会の練習中、転倒し、まさかの骨折…ギブス固定一ヶ月、全治まで三ヶ月。骨折箇所が左手首だったため、鉛筆は持つことができ、不幸中の幸いでした。

名進研での後期、名進研入試実践講座が始まり忙しくなっても、自分から「私立中学校に行きたい」と言っただけのことあってか、息子は、名進研での勉強はもちろん、名進研でのお弁当夕食、テストゼミや名進研の講習への電車通塾、など名進研に関わるすべてにおいてとても楽しんで取り組んでいました。

名進研の正月特訓も、「絶対行きたい!」と自分から参加を決めました。

受験勉強期間一年という短い期間で、難関校と言われる、滝中学校・東海中学校を含め、受験した五校全てに合格できたのは、名進研の先生方のご指導と、同じ志を持った名進研でのお友達の存在があったからだと思います。名進研を信じて一年頑張ってきて、親子共々本当に良かったと思っています。滝中学校と東海中学校のどちらに進学するかを悩んだ時も、名進研の先生が親身になって相談にのってくださいました。

今は、東海中学校に通う息子の制服を眺めて穏やかな日常を送っています。本当にありがとうございました。

中学受験とはこんなにも大変なものかと痛感した一年でした。

我が家では五年の夏頃から中学受験を考えはじめ、近所の個人塾に通いましたが、思っていたほど成績が上がらず本人もあまり気合いが入らない為、このままでは…と思い名進研にお世話になることにしました。ついていけるかが不安でしたが、名進研冬期講習を受講し名進研の先生方にも色々お気遣いをいただき、名進研での友達もでき、本人の大丈夫という言葉を信じ、五年の三月から名進研に正式に入会しました。

やはり最初は名進研での勉強に全くついていけず、特に算数は本当に大変で、宿題をこなすのに深夜1時を過ぎることも多々ありました。一緒に机に向かって問題を解いたのも、泣いて暴れたのも、六月頃までだったように思います。基礎学力がついてくると、自習室で名進研の宿題を解き、わからない時は自力で理解しようとしたり、チューターに聞いたりと、徐々に一人で勉強ができるようになっていきました。この頃から本人にもだいぶ自覚が出てきたようで、名進研ではクラスが上がるにつれ平均点が高くなり、★を取らないようにと名進研の自習室で毎日一番最後まで勉強しておりました。

一月からの入試では、親には話しませんでしたが、不安な気持ちを名進研の先生方に相談したりしていたようです。すべての入試が終わってから、名進研の先生方の日々の助言や入試会場での激励の言葉、温かい握手にとても勇気づけられたと言っておりました。息子のように決して優等生タイプではない子供でも、名進研で積み重ねた学習と何度も繰り返される名進研テストで、知らないうちに力をつけている事もあるのだと思いました。

合格通知を見た時は、思わず涙している自分に正直驚き、この一年、名進研での出来事が思い起こされてきました。

これから受験を迎えられるご家庭では、不安に思う事も多々あると思いますが、絶対に子供を信じ、名進研の先生方を信じてやっていけば、かならず道は開けると思います。

八十冊のノート

「私立中学校に行きたい。」
そのひと言から始まった我が家の名進研での受験生活。親子共々中学受験には未知の世界で、名進研の門をくぐるまで、こんなに大変だとは思ってもいませんでした。

偏差値38…算数は分数の計算すらままならない、国語の速読って何?社会、理科と言えば学校での授業のみ…。そんな息子にとって名進研のテキストは衝撃的で、五年生後期からの遅いスタートは本当に過酷な受験生活でした。計算、漢字は毎朝受験の朝まで続け、算数は受験算数の基本分野を何度も理解するまで解いていました。また、読解力をつけるためテキストで毎日二問以上の問題を解き、社会・理科でわからない語句、また、テストでのケアレスミスが目立ったので、間違えた語句などをノートに書きまくっていました。受験を終えたときにはノートが八十冊を超えていました。学校の宿題をこなしながら、名進研・家庭の勉強に追われ、寝不足の日々は受験が終わるまで続きました。

そんな状況で、スローペース、マイペースの息子には体力的にも精神的にも厳しい中で名進研で勉強して受験を乗り切れるか本当に心配でした。テストですぐに結果は出ないことは頭でわかっていても、なかなか結果が出ない息子にテストゼミなどの成績を見ては怒ってしまったり、自分の余裕のなさで息子にあたってしまったり…と私自身、反省ばかりでした。

こんな状況が続いた時には、親子の絆、信頼などが駄目になってしまうと思い、名進研で勉強することや受験することをあきらめた方がと、何度も泣きながら親子で話し合いました。でも、息子が「ぼく頑張って絶対合格するから。」と強い決意で誓ったので、親子で頑張る決心を固めました。それからはただ「合格」を信じ、名進研でお世話になりながら、親子二人三脚で走り続けました。

主人は、仕事の合間をぬって歴史の年号をはじめ、四字熟語など息子のために色々な暗記カードを作成しました。私は、ただ見守ることしかできませんでしたが、息子は毎日こつこつ努力して本当に一生懸命頑張っていました。最後の受験を終えて教室から出てきた息子が「ぼく、名進研でやれるだけやったから後悔ないよ。受験させてくれてありがとう。」と、とてもいい笑顔で、名進研のことや受験に対して満足いっぱいに話してくれたことに、今までの名進研での出来事や苦労したこと、つらかったことなど色々な思いがこみ上げてきて、涙が溢れてきました。と同時に、通塾し息子が一回り大きくなったように感じました。

そして、息子の頑張りが実を結び、南山中学校男子部からの「合格」の文字を見た時は、手が震え、親子で大喜びし、涙が溢れてきました。また他三校からも合格をもらうことが出来ました。親として息子を誇りに思います。苦しいこと、つらいこともたくさんありましたが、最後まであきらめず頑張ったことは、息子にとって一生の財産になると思います。合格がゴールではなく、スタート。これから六年間、南山中学校男子部で今まで以上に成長してくれる息子がとても楽しみです。

名進研での受験を通じて息子から「努力」することの大切さを教わりました。地道な努力は必ず報われ「合格」を勝ち取ることができると思います。

これから、名進研に通塾し、受験を迎えられるみなさん、一生懸命努力している子供を信じ、「合格」できる気持ちを強く持ち続け頑張ってください。

日増しに暖かくなり、春を感じる季節になりました。息子は、今まで我慢してきた小学校の友達との遊びに、毎日明け暮れる生活を楽しんでおります。お蔭様で息子は、名進研で勉強し第一希望の東海中学校に入学することが決まりました。

息子が名進研にお世話になったのは四年生の名進研夏期講習からです。

受験に際し、勉強面ではすべて名進研の先生と息子にまかせました。授業のあと、名進研の自習室を利用して宿題を終わらせてから帰宅しました。分からない事は、名進研の先生や名進研のチューターに質問して理解していたようです(親に聞いてもわからないと思っていたようです…笑)。

名進研の先生方は、息子をよく理解してくださり、きめ細かく上手にやる気と自信をつけてくださったと思います。入会当時はJAクラスからでしたが、勉強面と精神面で支えてくださり、一緒に頑張れる名進研での友達もいて、自習室に遅くまで残り、辛い時も共に乗り越える事ができたようです。

私の担当は、名進研で食べるお弁当と、夜の迎えでした。六年生になると、迎えの車内の十分程度が子どもとの貴重な会話時間でした。年度始めのテストゼミや名進研実力テスト前は緊張もしていましたが、名進研へ行き、先生や友達の顔を見て落ち着いて帰ってきました。六年生になり、志望校別プレ入試の前にかなり緊張もしていましたが、やっぱり名進研へ行き落ち着いて帰ってきました。緊張や不安なときは親も同じです。でも「大丈夫だよ。理解できているかどうかの確認だよ。」と子どもには言いつつ、自分は保護者会での先生のお言葉に色々な情報やアドバイスをいただき、不安を解消していました。名進研の友達のお母さん達との会話も私にはとても救いでした。

夏休みを乗り切れば、ゴールは近かったと思います。あとはインフルエンザ予防や体調管理が心配でした。願書書類も学校によって少しずつ異なるので不安でした。無事、名進研正月特訓が終わり、受験モードに入りましたが、今までの名進研プレ中学入試、志望校別プレ入試で大会場試験にも慣れているためか、入試当日はあまり緊張もしていない様子でした。が、やはり会場門前にいらっしゃる名進研の先生方を探していました。先生と握手をしてもらい、安心して会場へ入っていきました。

合格通知の本命は息子が自分で開封しました。封筒の薄さに親子でドキドキでしたが、『合格』の文字を見て息子は「ありがとうございました」と頭をさげ、すぐに遊びにでかけてしまいました。

受験を通して、息子は名進研の先生方や、周囲の方々に支えられ、本当に成長したと思います。今後も感謝の気持ちと自信を忘れることなく、名進研を巣立ってもさらに成長してほしいです。

名進研で勉強して無事、入試を終え、進学する中学校も決まり、名進研での生活がうその様に穏やかな日々を過ごしています。そして、親子共々四月からの新しい中学生活に期待を膨らませています。

名進研には五年生の新学期三月よりお世話になりました。名進研に通って中学受験してみようか?だめだったら公立に行けばいいよね!という軽い気持ちで名進研に入ったものの、一ヶ月もたたない内に中途半端な気持ちではやっていけない、という事を思い知らされました。本人もあまりの名進研の宿題の多さ、名進研の大変さに泣きながらやめたい!と何度か私たちに訴えてきました。今、思えば小学生にここまでさせる必要があるのかな?という親の迷いがあった様に思います。その度に子どもと何度も話し合い親自身もやるんだ!!名進研に通って子どもと一緒にやりぬくぞ!!という気持ちに変わっていきました。

家ではどうしても、勉強に集中できないため、名進研の自習室を活用しました。名進研の成績に関しては、言いたい気持ちを抑え、精神的なサポートに徹しました。六年生の名進研正月特訓では、全ての事を自分でやらなければならないため参加するかどうかとても迷いましたが、名進研正月特訓を無事に終え、ひとまわりたくましくなった自信満々の笑顔を見た時は、涙がでそうになりました。

受験が近づいてきた時には、合格できた学校が行くべき学校なんだという気持ちで送り出しました。
合格通知を頂き子どものやったー!!というガッツポーズを見た時は、本当に嬉しく感激しました。

名進研の先生方には、勉強の事以外でも、すぐに対処してくださったり、子どもにもこまめに声をかけて頂いたり、細かくみて頂き感謝の気持ちでいっぱいです。子どもにとっては、本当に先の見えないとても大変な試練だと思いますが、子どもを信じて、名進研の先生方を信じて頑張って良かった!!と思います。ありがとうございました。

波瀾万丈の二年間

姉に続き、二年連続で合格をいただきました。名進研の先生方の御尽力でこの結果を導いていただきました。親子共々、波乱万丈の二年間でした。六年生から名進研にお世話になった姉が、苦戦の末に合格をいただき、弟は名進研に五年生から通塾していたので、多少は楽に入試に挑めるかと思っておりました。ところが姉に比べて、本人の勉強に対する意識が弱いのと、姉が合格できたから自分も入れるという甘い気持ちもあり、成績も一向に上がっていきませんでした。

テレビとゲームが好きで、名進研の宿題も済ませられずに名進研に行き、叱られると今度は名進研の宿題を終えるまで遅刻したり、名進研に行くのを拒んだりで、父母の説得だけでは力およばず、たくさん名進研の先生方より御指導やアドバイスを受けました。しかし、なかなか改善されないので、秋にはゲーム禁止令が出ました。それでもテレビは止められず、合格できないかもしれないと親も覚悟を始めました。そんな状況でも息子は絶対受験を止めるとだけはいいませんでした。叱っても名進研以外で勉強しないと親子喧嘩は痛烈で、母子取っ組みあいとなり、私も青あざやひっかき傷が何度もでき、どれだけ受験を止めようと言ったかわかりませんでした。

名進研の保護者会で御指導いただいた「名進研生はほめて伸ばす」はなかなか実行できない日々でした。そこで、お正月に家にいたら絶対に勉強しないので名進研の正月特訓に参加させたところ、顔つきが変わって帰ってきました。それでも、翌日から二日間勉強せず、私も背水の陣の覚悟をしはじめました。

ところが一週間後の入試であっけなく合格をいただいてきたのです。親も本人も驚き喜び、あの時いただいた名進研の先生の「おめでとう」の言葉がこの二年間で最もうれしく、今でも脳裏に焼き付いています。

そう言えば、当日の試験はできたと本人が言っていましたが、昨年姉もそう言ってなかなか合格が出なかったので、あてにならないとあまり気に止めませんでしたが、当日に成果が出たので合格がいただけたのです。最後まであきらめずに本当に良かったと思います。

根気良くご指導いただきました名進研の先生方ありがとうございました。名進研に通っていなかったら、きっとこの合格はなかったと思います。姉と弟と共に入学式に参列し同じ学校で生活できる事、この上ない幸せです。名進研生の皆さんも最後まで絶対にあきらめず、意志を貫き通し、名進研で合格を勝ち取られる事をお祈りしております。

名進研で勉強してこの春から娘は、第一志望校の椙山女学園中学校に通います。

名進研にお世話になるきっかけは、娘の習い事であるバレエの、中高生のお姉さん方からの紹介でした。教室の中に、名進研の卒業生が六名もいたのです。我が娘が、私立中学校に通うなんて考えてもみませんでしたが、勧めを断りきれなかったこともあり、とりあえず四年生の名進研冬期講習を受講することにしました。

今まで勉強らしいことを一切してこなかった娘です。名進研のハードな授業について行けず、三日もすれば「名進研を辞めたい」と泣き出すと思っていました。ところが、自ら机に向かうようになり、このまま名進研を続けたいと言います。「名進研で勉強したい」と言う娘に、親である私が「塾(名進研)は駄目」と言うわけにもいかず、もうしばらく様子を見ることにしました。

五年生の初夏、オープンスクールのお知らせをいただき、「憧れのお姉さん方の通う学校を見に行ってみよう」ということになりました。何校か拝見をしましたが、娘は椙山女学園中学校に一目惚れをし、その日から目標が「中学受験をして椙山女学園中学校に行く」になってしまいました。

名進研のノートや名進研のファイルの表紙に「椙山女学園中学校絶対合格!」と大きく書いて、毎日はりきって名進研へ行くものの、名進研での成績はなかなか思うように上がりません。名進研でJSクラスは夢のまた夢、常に名進研テストの結果は「これは五十点満点なの?」と聞きたくなるような状態でした。何度も「名進研が嫌なら辞めてもいいんだよ」と言いましたが、負けず嫌いの娘の口から、名進研に対する愚痴や弱音は、一度も出てきませんでした。それどころか「名進研は楽しい」と言い、行き帰りの車内はいつも明るく、学校の出来事よりも大好きな名進研の先生方の話で、話題が尽きることはありませんでした。

六年生になっても、秋までは散々な成績でした。毎日遅くまで名進研の自習室に残り、名進研正月特訓を終えた頃に、ようやくギリギリ「合格」の二文字が見えてきましたが、正直なところ、私は五分五分だと思っていました。それでも娘が諦めずに、受験の日を迎えられたのは、本人の強い意志と、所属校の先生方の支えがあったからだと思います。

反抗期のせいか、クールな性格なのか、私の前では素直に感情を表に出さない娘です。その娘が、椙山女学園中学校の合格通知を手にした時の、思わず流した涙と笑顔は、一生忘れられません。名進研の先生方には、今学年の名進研の生徒の中で一番だったのではないかと思えるほど、たくさんのご迷惑とご心配をおかけしました。最後の最後まで名進研生である娘を信じて応援していただき、本当にありがとうございました。

これから受験をされる名進研生のお子さんをお持ちの名進研生の保護者の方々、どうぞ名進研生であるお子さんと名進研の先生方を信じて、最後まで頑張ってください。十二歳の春、皆さんにも満開の桜が咲きますように…。

ミラクルな合格!!

娘は小学校四年の四月から名進研にお世話になり、この春から南山中学校女子部に通うことになりました。今思い出すと、あの成績で、よく受かったものだと感心します。

四年生で名進研に入会し最初の名進研テストで名進研のクラスがJAに落ちるなど、成績は振るわず、名進研の先生に相談すると、四年はまだまだ慣れることだけで良いということで、半信半疑ながら、それを信じてきました。

五年生になってもピアノと週二回水曜土曜のバレエを続けていました。名進研の宿題は週二回名進研の自習室、水曜のバレエの妹のレッスンの待ち時間でしかやっていませんでした。名進研以外、自宅ではほとんどやっていません。このころは、家族旅行もよくしていました。夏休みには、長期旅行にもいっていました。当然ながら、名進研の成績はクラスがJSとJAをいったりきたりでした。親もこのころは放任主義という名のもとにほったらかしにしていました。

六年生になり夏休みの最後の名進研の試験で成績が上がったと思いきや、秋の修学旅行明けから学校のお友達とのメールが増え成績は下降の一途。このままでは、どこも受からないということで、ここからは、がんばらせました。

車中の10分間

我が家の受験奮闘が始まったのは、三年生の冬期講習からでした。負けん気の強い娘はどれだけの涙を流したことでしょうか。名進研で思うような結果がでない時、テキストで分からない問題にぶち当たった時、殆どが悔し涙でした。

名進研に迎えに行くと帰り道の車中の10分間は、私と娘との討論会のようなものでした。家に着くまでに、解決できる時もあれば、涙を流したまま帰宅し、泣き事を言い父親に怒られることもしばしば。私は家に帰ると弟の母親でもあり妻でもあります。二人っきりで言い合えた車中の10分間は、今から思えば娘とのかけがえのない時間でした。

いよいよ六年生が始まりました。この時から私が心がけていた事は、認めて、ほめて、肯定し、賛成するという事でした。そして私は努めて明るく楽しく振るまいました。家の中は名進研の授業とはまったく違う雰囲気づくりをしました。勉強の事は全て名進研の先生にお任せして、私は娘のモチベーションの維持、健康管理、名進研に持って行く弁当作りだけをしました。勉強のことは一切口にしませんでした。名進研の先生に言われた事だけをやっていれば必ず結果がでると、娘に言いきかせていました。夜は10時15分頃帰宅し、11時までには寝れる様に心掛けて、朝6時に起床し7時まで勉強という日々を続けました。睡眠時間は必ず七時間確保しました。学校も休まず行きました。学校で友達と遊び限られた時間で集中して勉強というやり方でした。

そして入試の日がやってきました。娘の前では肝っ玉母さん風に振る舞い「思いっきり楽しんでおいで。」と見送りました。それとは裏腹に心の中ではどうしようもなく不安でいっぱいでした。最後の入試の日が娘の第一志望校でした。入試の日地下鉄から降り、校舎が見えてきた時私は確信しました。絶対にこの学校に入学させてあげたいと。そして合格通知が届くまで、不安で不安でどうしようもありませんでした。娘の前では平然を装いながら、胸が痛く重くて辛い時間でした。万が一の事があった時は苦しみを全て私が引き受ける覚悟もしていました。A4サイズの厚みのある合格通知が届いた時の歓喜は一生忘れることはないと思います。第一志望校の制服を試着する娘の笑顔が何よりも私へのプレゼントでした。

名進研生も含め、八百名余りの受験者がいて二百名ちかくの合格者の陰には、六百名の涙があったことを忘れず、これから第一歩を踏み出していこうと思います。

十八日遅れの合格通知

「合格させてきます」と、第一志望校の愛知淑徳中学校入試当日、応援に来てくださった名進研の所属校の先生に小声でそっと誓いを立て、娘と会場に向かいました。体調万全でのぞみ、得意の分野からの出題も多く、答案用紙は必死でうめたという報告をする娘に、合格ラインに達しただろうと、期待しておりました。しかし、数日後届いた通知は不合格…。

名進研には、三年生の冬期講習からお世話になり、名進研で五年生まではJAクラスにいることが多かったものの、名進研で六年生から着実に成績を伸ばしました。波はあったものの、名進研の冬期講習・名進研の正月特訓でぐんと力をつけ、最後の名進研プレ中学入試では愛知淑徳中学校の合格70%にも達していました。

やりたい事をすべて我慢して、早朝から机に向かい、名進研の宿題を必死でこなし、名進研の先生方の指示に従い、徹底的に復習をしていました。

理数系が苦手で、名進研の先生方はもとより、元名進研生で東海中学校二年生の兄に納得いくまで勉強をみてもらい、家族一丸となって娘を支えました。家中いたるところに地図や公式が貼ってある状態で、娘の部屋にはそれ以上に「愛知淑徳中学校絶対合格!」と書かれた紙が、それこそ引き出しの中にまで貼ってありました。

そんな中での不合格通知。ショック状態で合否の連絡さえ、名進研の所属校にできませんでした。

週末には、金城学院中学校と椙山女学園中学校の入試も控えており、落ち込んでばかりはいられないと、気を取り直していた頃、名進研の先生の方からお電話をいただき、名進研の先生に元気づけてもらいました。家で泣いていても次には進めません。すぐに名進研に送り届け、残りの受験にのぞませました。

金城学院中学校の面接では、はきはきと答える娘の姿に、感極まって私の方が涙を流すというハプニングもありましたが、無事合格。第一志望は金城学院中学校だったと思いこむようにつとめ、金城学院中学校の入学説明会に出席しました。

しかし、どんなに金城学院中学校の合格を祝福し、学用品を購入していても、娘の心は愛知淑徳中学校にあり、気持ちが全く入っていきませんでした。

金城学院中学校から帰宅してまもなく、運命の電話がなりました。

愛知淑徳中学校からの追加合格の連絡でした!追加合格をいつも心の奥で期待しながらも、「追加は出ない。来ない。考えない。」と必死に打ち消していました。それが、本当に追加合格がきたのです!

電話を切った後、真っ先に名進研の所属校に電話をかけたものの、急にこみあげてきて、とても話せる状態ではありませんでした。すぐに娘が受話器を持ち、追加合格を名進研の先生に報告してくれました。

心の弱い母親でしたが、娘は名進研で強い受験生に成長していました。名進研で学習以外に、目標に向かってひたむきに努力することや、強い心を持つことを学んだのだと思います。翌日、十八日遅れの合格通知が届きました。

追加ということで、愛知淑徳中学校の勉強についていけるか不安はありますが、きっと名進研で培った強さで乗り越えてくれることと思います。

ちなみに、娘の受験番号は語呂合わせで、「不合格」とも「地獄」とも読める番号でした。まさに不合格で地獄を見たわけですが、最終的に出願した六校すべてを受験することができ、愛知中学校、名古屋女子大学中学校、金城学院中学校、椙山女学園中学校、そして愛知淑徳中学校の五校から合格通知をいただくことができました。南山中学校女子部は不合格でしたが、挑戦した娘の勇気を誇りに思います。

中学受験は、本人の努力と名進研の指導力、そして家族の協力が三位一体となって成り立つものです。学習面だけでなく、生活面・精神面もご指導いただいた名進研の先生方、本当にありがとうございました。

「下克上だ~」

息子が名進研で受験勉強を始めたのは、小学五年生のスタート時。通っていた習い事を全てやめての名進研への入会は、本人の強い希望でした。当初、他塾でも試験を受け、入塾許可をもらったものの、名進研では、国語で裏面の問題に気付かず一枚白紙。入会ボーダーに三十点不足。しかし、面接してくださった名進研の先生から、「本人の目の輝きを信用したい」と言われ、他塾を蹴っての第一歩。正直、そんな下から這い上がれるのか不安でしたが、当人は、時代劇かぶれに、「下克上だ~」と、全然、気にも留めていませんでした。

長男でしたので、私も中学受験の知識が浅く、定期的な名進研の保護者会や個人面談、学校説明会等が実に参考になりました。当初は、南山中学校男子部、名古屋中学校志望でしたが、五年生の夏に函館ラ・サール中学校の学校説明会を主人と息子で視聴。以来、第一志望に決定。親元を離れ、男子のみの縦割り寮生活。息子は未来の自分探しは、ここしかない!などと言う始末。しかしながら名進研での彼の成績では雲の上の存在。それでも彼は、「下克上!」の一言でした。雨の日も、風の日も、暑い夏も、雪の降る冬も、名進研のテストの成績に一喜一憂せず、楽しそうに自転車で通塾し、名進研の授業が楽しい!勉強が楽しい!先生大好き!の彼に対して、成績は潜水艦状態でした。テスト結果が良好なら報告があるものの、ほとんど勉強内容についての質問先は、名進研の先生や学校の先生。心のケアは、やっぱり父親で、母親として手伝える事は、ひたすら名進研に持って行く弁当作りのみでした。

不安の中、志望校変更も視野に入れ、本人に投げかけるが、馬耳東風と言い、名進研の先生方に励まされ、彼を信じ続ける日々でした。ところが、六年生の夏、周囲が受験一色に染まった頃、にわかに私の実父が癌を患い、入院しました。息子は、泣きながら、私に「お見舞いに行きたい!」、そのうちに会えるよ、と言い聞かせても「僕の成績が悪いから会えないのか?」と、返され、返答ができませんでした。名進研の盆休みまで持ち、貴重な盆休み一週間全てを病院へ見舞いに通い、ひたむきに寄り添ってくれました。しかし、八月十五日、他界。翌日、葬式出席。十七日から、間髪入れず、名進研の夏期講習後期日程開始と、あわただしい日々でした。

十一月には、新型インフルエンザに罹患。本人が期待し楽しみにしていた名進研の正月特訓教室も、集合当日の朝、突然高熱を出し、今度は、季節性インフルエンザでした。やむなく、自宅療養となりましたが、名進研の先生の計らいで、急遽ターミナル校での冬期講習に切り替えました。講習明け早々に、函館ラ・サール中学校の前期入試。始発の新幹線で大阪へ行きましたが、大勢の受験生や他塾の勢いに圧倒され、結果は、不合格でした。しかし、同試験の前後に受けた、他校の県外入試の合格により、残り半月以上、ひたすら志望校の過去問に集中できました。二月五日快晴。函館ラ・サール中学校の後期入試にいざ出陣!翌日、同校ウェブサイトに息子の受験番号発見し、名進研の所属校の先生方と、息子を胴上げしました。彼の意志の強さに感服です。終わってみると、色々ありましたが、あっという間の名進研での二年間でした。名進研の先生方、ありがとうございました。

平凡な小学生の中学受験

小学校の成績も普通のわが子が中学受験を志したのは四年生からでした。私たち両親はともに中学受験の経験もなく一般的なサラリーマン家庭です。きっかけは、私立の中高一貫校で幅広い教養を身につけてほしいと思う親の勝手な希望からでした。名進研の授業料はサラリーマン世帯には決して楽ではない金額だと思います。突然中学受験に向けて勉強をすることになったわが子は、口には出さなかったけれども戸惑っていたと思います。

四年生、五年生と名進研での月日は流れましたが名進研での成績はJAクラスとJSクラスを行ったり来たり。JAに降格して怒られると、次はかろうじてJSに昇格、昇格したことに安心して次の名進研実力テストでは降格……といった感じでした。先生からは五年生になったらテストゼミで実践的な力を養うことが大切だということを聞きましたが、JSに安定することもできない我が子にテストゼミを受講させても無意味と勝手に判断して受講させませんでした。

受験まであと一年と迫った時期になり家族会議を開き、現状のままでは志望校の合格は程遠いこと、本人のやる気が本当にあるのかなどを確認したところ

四年生の名進研夏期講習から名進研でお世話になり、第一志望の東海中学校へ入学することになりました。東海中学校を第一志望に決めたのは六年生になってからでした。文化祭やオープンスクールに参加し、「僕、東海中学校に行きたい。」と言い出しました。それから「東海中学校合格」これだけを目指して名進研でスタートをきりました。

六年生からはじめた日曜日の名進研テストゼミは名進研のクラスがTN1からのスタートでしたが、連続して白星をとり、憧れのブラックカードを手に入れてからは最後まで名進研のクラスで俊秀をキープしました。以降順調でしたが、正月明けの最後の名進研プレ中学入試で、苦手の国語が足を引っ張り名進研に通った中で最低の結果になりました。不安を抱えながら一校目の愛知中学校の入試に突入しましたが、結果、特奨合格で勢いに乗り、名古屋中学校(スカラー)、東海中学校、滝中学校、四校全てに合格を頂きました。

東海中学校の入試の朝は雪が降っていました。名進研の所属校の先生は雪の中、受験生一人ずつに言葉をかけてくださり、いつのまにか円陣を組んで気合いを入れていました。息子は、「名進研の先生からすごいパワーをもらった」と喜んでおりました。入試直前、名進研の先生方に寄せ書きを書いて頂いた名進研必勝ハチマキを、入試当日ズボンの下で腰に巻いていました。どれ程心強く思ったことでしょう。

二月九日、水色の封筒が届き、入学案内の文字が透けて見えた瞬間、涙が止まりませんでした。帰宅した名進研生の息子が名進研の先生にうれしそうに電話している姿を見て、本当に良かったと思いました。

大切なのは、名進研生の子供と名進研の所属校の先生方との強い絆であり信頼関係です。私はできるだけ出来立てのお弁当を届ける事と、合格できますようにと祈る事しかできませんでした。勉強は名進研の先生にすべておまかせしていました。何より名進研に楽しんで通えた事が一番良かった。名進研で新しい事を学習する喜び、名進研で知識を吸収するたびに成長していった息子を誇らしく思います。受験を通じて楽しんで勉強する事の大切さを感じました。ご指導くださった名進研の先生方、一緒に勉強した名進研のお友達、本当にありがとうございました。

涙をこらえながら机に向かい勉強する名進研生の娘の姿を、私は一生忘れる事ができないでしょう。

それは、第一志望だった愛知淑徳中学校から、不合格通知を受け取った直後の娘の姿です。自ら封筒を開け、確認し無言のまま通知書をその場に落とし、自分の部屋に駆け込んでいってしまいました。私もしばらく無言のまま床に落ちた紙を茫然と眺めていました。どんな言葉をかけるべきか…。正直わかりませんでしたが、やはり様子が気になり、そっと子供部屋をのぞきました。すると、目にいっぱい涙をため、鼻をすすりながら名進研テキストで苦手な算数の問題をひたすら解く懸命な姿がそこにありました。きっと落ち込むあまり何も手につかないでいるだろう、と決めつけていた私は、その瞬間、「すごい!この子はもうすでに前しか見ていないんだ!」と感心し、自分も前に進まなければ、と気持ちを切り替えました。

その時点で、後は金城学院中学校と椙山女学園中学校の二校を残していました。

「よし!こうなったらあとは名進研で勉強して二連勝で気持ちよく終わってやろう!!」と、二人で大きくうなずき合いました。入試日程が連日、ということもあり少し不安もありましたが、娘にとってはそんな事は全く関係なかったようです。

「絶対両方合格する!」という意気込みがひしひしと伝わってくる数日間。まさにどん底からの再奮起でした。そして見事二校からの合格通知を同時に手にすることができました。二通の合格通知を高々と掲げ喜ぶ娘の笑顔は、達成感に満ち溢れていました。名進研で勉強して受験すると決めた五年の夏から、遊びよりもゲームよりも名進研で勉強することを優先してきた名進研生の娘の頑張りは、尊敬に値するものでした。

「絶対私立中学校に行きたい!」
それは現実のものとなり、娘が決めた椙山女学園中学校へ入学しました。

最後になりましたが、名進研生の子供たちの受験を全身全霊で支えてくださり、我が事のように合格を喜んでくださった名進研の先生方、本当にありがとうございました。そしてあきらめない事の大切さを改めて教えてくれた我が娘にも、心から感謝したいと思います。

お母様も余裕を持って

娘が名進研にお世話になったのは、四年生の十一月からでしたので、初めは名進研生に追いつくのに親も子も必死でした。それまで、通信教育で勉強していて、家庭で勉強する習慣は身についていたので、名進研JSクラスに上がるのに時間はかかりませんでしたが、極度の緊張型なのか、名進研に行く前に車の中で頭が痛くなって吐いたり、名進研実力テストの前も駅などで吐いたり、顔面蒼白で名進研のテストに挑むことがしばしばありました。この先、受験本番を乗り切れるのだろうか…と不安になる中、名進研の先生に「おうちの方の緊張を感じてしまうのかも?お母様も余裕を持ってください」とアドバイスを受け、時間に余裕を持って行動したり、名進研テストの後の楽しいことを考えながら移動するようにしてから、途中で吐いたりということはなくなりました。

では、受験本番はどうだったかというと、名進研実力テストや名進研プレ中学入試と同じように受験校に向かい、特別な声がけもせず送りだしましたが、あの独特な雰囲気の中、さすがに第一・二志望の受験校のときは薬を飲んで挑みました。私もそれに対して慌てず、いつもと変わらない状況で受験を迎えさせることを最優先し、その結果娘は無事全て合格を勝ち取りました。約三週間の中で延べ五日間を受験に費やし、最後まで集中力を切らさず、乗り切れたことは若干十二歳にしてすごいことだと思います。

結局、受験前に名進研生の親の出来ることは限られています。体調管理と愛情のこもった食事、そして家を掃除しきれいに保つことでした。新型インフルエンザが猛威をふるった中、ビタミンCと良質なたんぱく質を取って乗り切り、お弁当もインスタント食品を使わないよう心がけ、願掛けのように運を呼び込むべく家の中をきれいにしていました(笑)。あとは親もリフレッシュして平静さを保つことぐらいでしょうか…。これから本番を迎える名進研生のみなさま、親も子も悔いのないように本番を乗り切ってください。ご健闘をお祈りしています。

最後に、ここまで私たち親子を導いてくださった名進研の先生方、名進研の関係者の皆様、大変お世話になりありがとうございました。

「三位一体で」

長男は名進研で勉強し、四月より東海中学校に通うことになりました。今日という日を迎えることができたのも、本人の名進研での努力と名進研の先生方のご指導のおかげと、感謝の気持ちでいっぱいです。

長男が中学受験を口にしたのは三年生の冬休み前でした。口数も少なく、あまり自分のことを言わない我が子が自己主張したので驚きでした。それから中学受験に関する情報を集め、どこの塾がよいのか、夫婦共稼ぎの我が家のスケジュールとどう調整するのかなど、どれも初めてのことばかりで、まさに手探りの状態でした。六年生になればほぼ毎日名進研へ通塾するようになると言われ、名進研でも自宅近くの校舎がよいのか、妻の勤務先に近い名進研の校舎だと仕事帰りに迎えはしやすいが、行きは一人で名進研にいけるのか、などいろいろと検討を重ねたものです。

名進研に入会してから卒業までのほぼ三年間は、予想はしていましたが、やはり山あり谷ありでした。時に気持ちが折れることもあり、そんな時は本人と話し合い、また名進研の先生とも相談し、まさに子、名進研の先生、親の三位一体で乗り切ったものです。親が話すとどうしても叱責口調になるので、名進研の先生方にお願いして対応していただきました。さすがに先生方のご指導は効果てきめんで、名進研から帰ってきた子どもの顔は、何か吹っ切れた爽やかなものでした。しかし、名進研での三年間で最大のスランプが受験前の一月に来てしまいました。冬期講習、正月特訓と頑張って参加し、一月最初の名進研プレ中学入試も好成績を残したのですが、その後はあまり勉強が手に付かず、毎週日曜日の名進研テストゼミの成績も下がり出し、親としてはどう対応してよいのか本当に苦慮しました。名進研の先生は授業が終わってお疲れの中を遅くまで相談に乗っていただき、「この週末様子を見ましょう。変わらなければ火曜日の名進研の授業前に連絡ください。」など具体的なご指示をいただき、先生方と親で役割を分担して何とか乗り切ることができたのです。先生方には心から感謝を申し上げる次第です。

もう一点名進研に御礼申し上げるのは保護者会についてです。六年生になると毎月の開催で時間も長く結構な負担ですが、是非毎回ご出席されることをお勧めします。中学受験が初めての我が家にとって、名進研の保護者会を通じて得る情報は大変貴重であり、また先生方の長年の経験に裏付けられたもので親自身が大変勉強になりました。その中で特に印象に残っていることを三つ記します。

一点目は、「日ごろから子供を子供として見るのではなく大人として付き合え」と言われたことです。家庭でも一緒にニュースを見たり新聞記事の内容を話し合ったりと、「こんなこと子供にわかる必要がない」などと思わず、真剣に議論もしました。これは我が家の子育てにとっても重要な指針となっています。

次に「中学受験は家庭みんなで受けるもの」と言われたことです。六年生になると名進研に弁当を持つことも多くなり、勤めや育児のある妻にとって大きな負担であったと思います。受験が近付くと小学三年生の長女にも協力してもらい、テレビは夜8時に消すようにしました。長女は不平も言いましたが、話し合い納得してくれました。まさに家族が一つになって受験に向かっていったのです。

三つ目は、入試前二回の名進研の保護者会資料で記された入試当日のマニュアルです。前年の試験日の様子が手に取るように分かり、注意事項や面接の質問内容、さらには実際に体験したものでないとわからない事柄が正確に記されており、大変役に立ちました。

中学受験を通じて、我が子はひと回りもふた回りも成長したと思います。第一志望である東海中学校の合格通知を見た彼の顔は十二年間の中で最高のものでした。そして私たち家族にとってもとても大きなものを得ることができたと思います。これから受験を目指される名進研生のご父兄の皆様、どうか我が子を最後まで信じて、第一志望を勝ち取ってください。

お蔭様で名進研で勉強して第一志望校に合格することができ、穏やかな春を迎えさせて頂いております。

中学受験がこんなに大変なものとは思わず、小学生の間は出来るだけ、外で友達と遊んで欲しいと、名進研は小六の春からの入会となりました。ダメだったら公立中学校でも良いじゃないか、と親はのん気に考えていましたが、夏休み、時間をやりくりして、名進研の夏期講習と合わせて一日十時間も勉強する名進研生の息子の姿に、ここまでして公立中学校へ行っては、息子が挫折感を持つだろうと、親も第一志望以外の学校について考え始めました。

一番大変だったのは冬休みからです。秋に名進研プレ中学入試で合格率8割以上をもらった後、インフルエンザにかかるなどして、緊張感が途切れたまま名進研の冬期講習に入り、夏ほど充実感もなく、日曜日の名進研テストゼミで平均点がとれなかったりして、イライラし始めました。もっと誉めて!とか、早く寝ろとウルサイ!という文句を上手くなだめることが出来ず、泣かせてしまいました。親だけでも落ち着かなければと思いつつ、小学校を受験のために休む名進研生の子の話や、12時過ぎまで起きている名進研生の子はめずらしくないという話に、わが家の普通の生活ペースでは、合格は難しいのではと不安になりました。しかし、名進研の合格体験記にある“名進研生である子どもを信じて見守ること”を読み返し、心を落ち着かせました。

試験一週間前からは、好きな読書をガマンして気合いが入ったようです。親子共々落ち着いて当日を迎える事が出来ました。名進研でのこの一年はとても充実した貴重な経験でした。名進研の皆様、ありがとうございました。

我が家なりのやり方

子どもたち二人とともに通算六年間、名進研で過ごしました。私も夫も私立中学受験というものを体験しておらず、一人目のときから名進研の保護者会でのお話が、私のバイブルとなりました。

名進研はいわゆる『お受験』といわれる無謀な指導ではなかったため、今回受験した下の娘も、息子と同じように無理なく小学生らしい受験ができたと思います。

しかし、三年の歳月は想像以上に変化していました。名進研の保護者会には欠かさず参加していましたが、現実を捉えきれていなかったように思いますし、娘と息子という性差も配慮していくべきだったでしょう。

娘はきっちり名進研に通塾し、まじめに名進研の授業に取り組んでいたと思います。家ではリビングで、ものすごい勢いでエンピツを動かし、名進研の宿題や見直しを懸命にやっていました。そのわりに名進研での成績も名進研でのクラスもなかなか壁をこえられなかったのです。

娘は『名進研に通い』『名進研の宿題をやる』ことに夢中になり、本質を捉えていなかったのではないでしょうか。かつて息子は名進研以外でいつ勉強をしているのかわからない状態でしたが、出すべきところで結果を出していました。

もって生まれた性質があるので一概にはいえませんが、女の子は男の子に比べなんでも器用にこなすかわりに、集中力が持続しないような気がします。なので、モチベーションが大きく下降しないように名進研以外の学習方法に工夫が必要だったと思います。

名進研テキストでわからないところをやるとき、横でじっと見ていてあげると、ゆっくりと時間をかけて理解していきました。勉強を見るというより『時間の共有』をしていること自体が不安感をなくしたのだと思います。

こういうことは時間のある四、五年生のときに子どもが満足するまで付き合ってあげるといいと思いますし、一緒に各中学を見学に行きその話題で盛り上がるの楽しい時間でした。

受験校四校は、これまでの日曜日の名進研ゼミや名進研プレ中学入試の結果というよりも、本人の行きたい学校にしました。どこに決まったとしても通うのは本人ですので、私は受験日程さえ重ならなければいいという程度の助言しかしていません。

すべての入試が終っても、最終的に入学する学校が決まるまでにはあれこれと紆余曲折がありましたが、彼女が納得できる結果を得ることができました。中学受験というと、教育ママがわが子の偏差値を上げるために手段をいとわず暴走するというイメージですが、私にはそういうことはできなかったですし、我が家なりのやり方を貫いてよかったと思っています。

小学生が取り組む受験は独特ですが、親子で将来について考える大変いい機会だと思います。偏差値など目先のことについては名進研の先生にお任せして、親子では将来に向け真剣に考え、何があっても受入れられる強固な信頼関係を築くことが結果的に成功につながるのだと思います。

名進研での経験が肥やしとなり、美しい花を咲かせ立派な実がなるといいな、と今から楽しみです。

名進研とは

愛知県・岐阜県の中学受験・高校受験・大学受験の進学塾です。受験生を応援するページを立ち上げました。このブログで卒業生たちの熱い応援メッセージを届けていきます。

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