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中学受験を終えて

 二人目の中学受験を終え、親子共々ゆったりと穏やかな毎日を過ごしています。あのあわただしい日々はどこへやら? という感じです。二歳上の兄を追うように三年生の冬期講習から始めた中学受験勉強。次男の受験を通して思うところはいろいろありますが私が失敗した事、息子がしてよかった事を書きたいと思います。人それぞれの考え方があると思いますが、少しでも受験の参考にしていただければ幸いです。

 失敗したまず一つ目は、六年生になっても「字がきたない」と言いすぎた事です。解答用紙の字は、先生から合格点をいただいていたにもかかわらず、ノートの字がきたなかったため将来的なことも考え、ついよく言ってしまいました。本当に直して欲しいのなら、六年生になると時間的にも余裕がなくなるため五年生までに直すことをお勧めします。

 二つ目は、「もう受験やめたら?」と何回か言った事です。あれだけ保護者会で言ってはいけない言葉としてあげられていたにもかかわらず、何回か使い(長男の時も)話し合い(バトル?)になりました。いくら受験生とはいえ、イライラした言動が許せなかったのです。矛盾しているかも知れませんが、言ったことに対して後悔はしていません。話し合うよい機会となりました。が、親としてもう少し言葉を選ぶべきだったと反省しています。

 よかった事の一つ目は「トップレベル講座EX」受講です。五年生の夏休み、算数の体験授業で息子は虜になりました。東京オリンピック開催が決まった際には、その経済効果について一講座分話してくださったり、とても魅力的な授業ばかりだったようです。国語に関しては傾向ががらりと変わった東海中の記述対策にもなりました。また六年生後期にはトップレベル講座EXを受講することで時間的負担が増えないように各教科の先生に直接交渉して、宿題を自分に合った量にかえてもらったようです。限りある時間の使い方、配分も上手になりました。

 二つ目は「入試後やりたいことリスト」を作った事です。六年生はなかなかまとまった自由な時間がとれません。リストを書く事により「後で出来るんだ。」と、少し満足できるのと、合格発表後入学までの約二ヶ月間を有意義に使うことが出来ました。

 最後になりましたが、所属校の先生方には大変お世話になりました。息子は本当に恵まれていると思います。塾に行けば信頼出来る先生方、そして刺激し合えるよきクラスの仲間たち、家に帰れば長男のアドバイス。このような環境で勉強出来ることは大変幸せなことだと思います。これからもまわりの方々への感謝の気持ちを忘れず、名進研で出会えた大切な友達と共に充実した学校生活を送って欲しいです。

 本当にありがとうございました。

合格可能性50%の意味

 二年前に特奨で東海中学校に合格した長男と、「比べてはいけない」と、何度も思いながらも、親としては、とても大変で辛い次男の五年生の夏期講習からの名進研生活でした。

 かろうじて、第一志望の東海中学校の合格を手にした今、ホッ…としていますが、「入ってからが大変だろうな」とも思っています。

 五年生の半年は、TN1とTN2をウロウロ。「六年生になればやるだろう」と、タカをくくっていたのが大間違い。六年生に進級しても、俊秀とTN1をウロウロ。俊秀クラスであっても、実力的には、名ばかりの俊秀生。

 TN1の下位、下手したら、苦手科目によっては、TN2やTN3だったりしたテストゼミの結果に、「受験は個人戦じゃなくて団体戦、苦手科目を補いながらの総合点数で、有難い」と、思いました。

 天王山と言われる六年生の夏休み、地下鉄で頑張って通ったはずでしたが、夏以降、思ったより成績が伸びず、逆に落ちていく感じで、受験直前には、テストでの合格可能性が、50%にダウンした時には、不合格を覚悟しました。

 いよいよ愛知県私立中学受験が始まり、愛知中学校の合格通知、特奨じゃなかったので、「え?愛知中の特奨枠から漏れたってことは、半分女子だとしても、東海中、大丈夫?」と、愛知中学校の合格通知が、東海中学校の不合格を覚悟しろと言う通達にさえ見えました。

 かろうじて、名古屋中学校からはスカラー合格をいただいたので、胸を撫で下ろし、名古屋中学校に喜んで結果を取りに行くと、四点だけのギリギリスカラ~、つまり200名の200番目位のギリスカ。

 東海中学校当日までは、ただひたすら健康で、万全の態勢で受験出来ること、次男にとって得意の問題が出ること、その二つだけを祈りました。

 東海中学校、滝中学校、土日の最終受験が終わり、全く駄目な様子の東海中学校と、出来たと自負している滝中学校。同じ合格発表日だった朝、次男は「滝中だったら、遠いから二回位は通学するのついて来てね」とポツリ言いながら学校に行きました。

東海中学校の「入学者云々…」と透ける封筒が届いた時、特奨合格の長男の時より喜びました。

 下校して開封した次男も、信じられない合格通知にビックリ!どう喜んで良いのやら~と言う感じでした。

 続いて滝中学校の封筒を開けた時、「これ、何?」と、初めて見る不合格の報に、神様におちょくられている様な、複雑な顔をしていました。

 同じ位の偏差値の東海中学校と滝中学校。テストでの合格可能性50%、二回受けたら一回受かる・落ちる、と言うプレ中学入試のデータ、素晴らしい的中率だな~と感心しました。多分、運を味方にしたギリギリ合格だったと思います。何が起こるか分からないのが、受験だな~と、しみじみ思いました。

 入ってからのことは、とても心配ですが、世の中、成るようになる…で、今は、親子して合格に浸っています。

 何度もテストゼミ結果に凹んだ時、算数の先生が「お子さんは、普通の受験生ですよ。誰もが大変なんです。苦しんでいます。」と話してくださったから、名進研で最後まで諦めず励まし続けられました。

 結局、親は励ますだけで、勉強の大変さも試験の緊張も、何も代わってはあげられません。

 苦手な国語も、授業前に先生が補講してくださったことが、「勉強したぞ」と言う自信につながり、ビクビクせず堂々とゆったりした気持ちで長文に挑めたのだと思います。

 子供の心理はちょっとのことで揺れ動くだけに、国語の先生に心から感謝しています。

 長男の時から三年半、先生方には大変お世話になりました。親として安堵と一抹の寂しさを感じながら、本当に名進研には感謝しています。ありがとうございました。

 次女が今年の春から第一志望の南山中学校女子部へ進学します。

 幼い頃から本が好きで日が暮れることも忘れて、よく部屋で読書をしていました。年間三百冊以上読んでいたと思います。掛け算の九九も姉が勉強をしている隣で先に覚えてしまい、小学校入学と同時に始めたそろばんも三年生で一級に合格。小さいころから記憶力と集中力の優れた子供でした。

しかし甘えん坊で起床、着替え、入浴等はすべて母親まかせ。学校では遅刻の常習犯。読書は好きでしたが、図鑑や科学物には全く関心がなく、小学生になってもキャベツとレタスの区別がつかないような子供でした。

 こんな娘が四年生の春、名進研に入会しました。

 四年生のころは自宅で宿題をやるのみ。全くの放置状態でした。国語、算数は良かったですが、理科、社会が…しかし許容範囲内でした。

五年生になるとテストゼミが始まりました。TN1からのスタートでした。このころから許容範囲外の成績を取るようになり、父親がテキストなどを使って時々子供の勉強を見るようにしました。その際に心がけていたことは、子供をいかに楽しく勉強させるかということでした。

 休みの日は一緒に算数の間題を解いたり、ホームセンターで釘や導線を買ってきて、電磁石を作ったりして子供と一緒に勉強するようにしました。社会は比較的早く得意教科になりましたが、理科の成績はやはり不安定でした。

 将来のことを考えれば自学自習が理想ですが、小学生のうちはある程度親の介入は必要だと思います。

 六年生になりクラスは無事俊秀に上がりました。トップレベル講座EXが始まりましたが、ピアノと水泳を続けたかったため受講しませんでした。水泳は六年生の夏休み前まで、ピアノは本人の希望で受験終了まで続けました。時々ピアノをひくことが、受験生活のなかで良い気分転換になったようでした。

 二学期以降も理科は不安の種でした。そこで家中の壁に重要事項を張りつけて、ダイニングには常時動物図鑑、植物図鑑を置いておき、食事の時に眺めるようにさせました。またテキストの過去問演習中の疑問点はインターネットで調べて、その場で解決するようにしました。こういった努力のおかげで、そこで最後は理科も何とか得点源といかないまでも、足を引っ張ることはなくなりました。

 体調管理にも気をつかいました。インフルエンザ対策として家族全員、外出時のマスク着用と帰宅時のうがいと手洗いを励行しました。また正月特訓教室は受講せず、自宅でゆっくりさせました。そして受験当日の朝、所属校の先生の固い握手に励まされ、愛知中学校、春日丘中学校と共に特奨合格をいただき、南山中学校女子部の入試には自信を持って臨むことができました。

 強さの秘密はここまでやるのかと思うほどの膨大な演習量、そして直前まで決して手を緩めないことだと思います。娘は入試の前日まで毎日自習室に残って勉強していました。先生方の熱意ある御指導を受けたこと、そして所属校では多くの優秀な同級生に囲まれて、受験生活を過せたことは幸運であったと思います。今、改めて中学受験はゴールではなく、通過点であること、今後も努力を怠らないことを娘に言い聞かせています。三年間どうもありがとうございました。

小さな体に秘めたパワー

 第一志望校の東海中学校から合格を頂いて、早一か月が過ぎました。息子は今、残り少ない小学校生活、今まで友達と遊べなかった分を取り戻すがごとく、毎日のように遊んで小学校生活の思い出作りをしているようです。

 息子が名進研にお世話になったのは五年生の春期講習からで、その頃はまだ私立中学受験を漠然と考え始めた頃でした。とりあえず通わせてみようと軽い気持ちで入塾したのですが、瞬く間に名進研マジックにかかり、息子は自ら東海中学校を志す受験生へと変身していったのです。さすが選りすぐりの教師陣、息子は楽しく分かり易い授業のおかげでどんどん成績アップを果たし、四月から始めたテストゼミではKS2からスタートしたのですが、毎回の☆獲得でほぼストレートでTN1までのぼりつめることができました。

 毎週のテストゼミは五年生にとっては確かに大変でしたが、金曜日の夜は息子と一緒にテスト勉強をするのが習慣となり、今思えばその時間も私にとって大切な思い出となりました。

 六年生になると、週四日の練成教室と日曜日のテストゼミ、息子は授業がない金曜日もお弁当を持参して自習室へ通い、宿題と自主勉強をやっておりました。火水木曜日は授業の後、自習室で宿題を終わらせ、帰ってくるのは十時過ぎ。土曜日だけは自習室へは行かず、家でゼミの勉強をしておりました。(この頃になると私が手伝えるのは社会ぐらいでした。)家での勉強はテレビやゲームの誘惑があるので、息子には集中できる自習室での勉強がとても合っていたように思います。

 帰宅後は軽い食事と入浴、テレビタイム…とリラックスできるような環境つくり、名進研と家庭との切り換えをしたことが精神的にも良かったのではないかと思います。

 一学期に全範囲を終え、夏期講習へ入ります。五年生から何度も同じ単元を角度を変えながら学習し、かなりの量の問題を解いてきたのですが、講習期間中にこなさなければならない問題数は半端じゃありません。この頃の私は、もはや新しいテキストを見ることもなくなり、完全制覇シリーズ①~④のテキストをたまに読み返すぐらいでした。四十代半ばの私には今の中学受験の勉強量は容量オーバー。何か月か前に一緒に覚えたことも、しばらくテキストを見ないとすっかり忘れてしまって、息子も忘れているのではないかと親の方が勝手に焦り、問題をいろいろ出して答えさせてみたり…。ところが私の心配とは裏腹に忘れていそうな江戸時代の文化、複雑で分かりにくい近代史や現代史、日本地図の細かなところまで私が出す問題にすらすら答えて、私の不安を一掃させてくれました。

 考えぬかれたすばらしいカリキュラムの下、週五日の名進研通い、自習室での自主勉強を続けながら、親の知らない問に実力を身につけているんだと実感致しました。

 算数と理科に至っては、息子愛用のホワイトボードで、先生のものまねをしながら私に授業形式で教えてくれることもありました。

 後期に入ると過去問を解いて実戦力を身につけていきます。志望校以外の良い問題に触れることは、とても為になると思います。

 年が明けて一月末からいよいよ受験本番に突入。これだけやってきたのだから、結果がどうあれ悔いはないと思いました。

 愛知中学校、名古屋中学校は本人も親も余裕を持って受けることができ、そしていよいよ本命の東海中学校の前日という時、息子はまさかの腹痛。当日の朝も少し調子が悪かったのですが、「いざとなったら保健室受験をすればいいよ。」と言って送り出しました。幸い何事も無く試験も終わり、面接も落ち着いて元気よく答えることができたようです。

 合否発表は息子の希望もあって学校を遅刻することにし、本人に確認させました。青い封筒から「せえの」で取り出した薄っぺらい用紙に書かれていたのは「合格」の文字でした。

 私はこの様子をビデオに収めようとその瞬間を撮影しておりましたが、息子なりに緊張していたのだと思います。そこにはホッとする息子の笑顔が映っていました。

 この名進研での二年間、自ら決めた目標に向かって直向きに努力する息子の姿には本当に感心させられました。

最後になりましたが、息子は名進研で学ぶ楽しさや努力を続ける大切さ、そして努力が報われた喜びを知ることができました。

名進研I校の先生方の熱意あるご指導に心より感謝致しております。

娘を信じて

「中学受験しようかな」

 娘がポツリと一言。小学五年生の夏休み前でした。当時は、近所の学習塾へ通い始めて半年が経ち、自主学習のペースがようやく身につき始めた頃でした。

 内心、とても驚きました。でも話を問いていくと、何かに集中してがんばってみたい、という娘の強い意志がそこにはありました。

 大慌てで塾を探し始め、実績もあり先輩も在籍する名進研に入会したのは、小学五年生の九月でした。

 学習態度から自宅学習まで、娘にとって名進研は初めての経験ばかりでした。宿題の量と授業の内容の濃さに、思うようにはかどらない焦りといら立ちで親に反抗的になっていた娘でしたが、不思議と「もう辞める」の一言は一度も出さず、黙々と宿題をこなしていきました。そんな娘の姿に、何があっても娘を信じて応援していこう、と私の心も定まりました。

 実力テストやテストゼミ。結果は散々でした。が、唯一の得意学科、社会を頼りに、一回一回を重ねていきました。私の方がテストゼミの結果に一喜一憂し、その度に大丈夫なの?ちゃんと理解できたの?と心配しましたが、娘はどのような結果でも落ち込まず、あきらめませんでした。そんな姿に関心し、私も見習わなくては…と反省した次第です。

 継続は力なり。六年生二学期後半になり、少しずつ成績も安定し、年明けのプレ中学入試でJSクラスに昇格し、苦手だった国語も得点を伸ばし、娘にとって大きな自信となりました。

 第一志望の愛知淑徳中学校へは届きませんでしたが、娘は金城学院中学校への合格切符を手に入れました。

 振り返れば、無我夢中で駆け抜けたあっという間の一年半でした。家庭でのフォローが難しい中、学習面、精神面、多岐にわたり、娘の指導してくださった所属校の先生方に深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 娘は中学受験という大きな壁を乗り越え、新しい世界への一歩を踏み出そうとしています。山あり谷あり、迷ったり立ち止まったりすることもあると思います。ここまで成長できた、がんばってきた娘を信じて、良き相談相手となれるよう、見守っていきたいと思っています。

 最後に。
 娘へ。
 たくさん喧嘩もしたけれど、最後まで諦めずによくがんばりましたね。お疲れさま。
 大きく成長したあなたに、いろいろと気付かせてもらいました。ありがとう。
 これからも夢に向かって大きくはばたいてくださいね。応援しています。

名進研に一年間通ってみて、もし息子が受験をする気にならなければ、公立中学向けの塾に替わるつもりで、入塾しました。通い始めると、それは全くの杞憂に終わり、すぐに息子は、名進研が大好きになりました。仲間にも恵まれて、楽しく三年間に通い、憧れの第一志望校に合格する事が出来ました。

息子の受験を終えてみて、親として良かったと思った事を、書いてみたいと思います。もし少しでも、これからの受験勉強の参考にして頂けるなら、嬉しいです。

【算数】
 ・五年生~六年生前期まで、テキストなどの「発展問題」を解き、解らない問題は父親と一緒に考え、それでも理解が足りない問題は、私が理解できるまで、説明してもらうようにしました。(私への説明は、面倒くさいと嫌がられましたが、人に説明する事で、理解は深まったと思います。)
・実力テストやプレ中学入試、テキストなどの「発展問題」などで、“間違えた問題”専用のノートを作り、左側に問題のコピーを貼り、右側に解き直しました。(苦手分野の傾向が、分かりやすいです。)

【国語】
 ・朝日新聞の「天声人語」を毎日読み、口頭で要約して、意味の理解が曖昧な言語は、辞書で調べました。(息子は国語の成績の波が激しく、少しでも文章の理解力が付くようにと始めました。)
 ・私もテストを毎回解き、本人が間違えた問題について、間違えた理由などを聞きました。(私と点数を競い合って、やる気にも繋がりました。)

【理科・社会】
 ・五年生~六年生前期まで、習った単元を、私が本文を読みながら、穴埋めで答えを聞いて(間違えそうな漢字は、書かせて)いきました。(基本的な語句の確認が、出来ました。)

【その他】
 ・子供の知的好奇心を、大事にするように心掛けました。(天文・科学など、色々な体験教室に通った経験や、史跡巡りの旅行などは、興味を持って勉強をする事に役立ったと思います。)
 ・歴史やクイズなどのテレビ番組は、知識が頭に入り易くて役立ちました。
 ・年末年始は、本人が勉強内容や時間を考えた予定表通り、規則正しく生活しました。
 ・本人の希望で、学校は休まず通いました。

マイペースながら、充実した三年間でした。

最後になりましたが、合格に導いてくださった一社校の先生方、ありがとうございました。

無事受験を終えて

~父~

答案用紙が読めなかった(四年生)

 息子が名進研に入会したのは、四年生に進級する直前の春期講習からで、四月からはJSクラスに入れていただきました。

 最初の頃の順位は二〇〇番位で、クラスでも真ん中から後ろの方でした。答案用紙はいつも汚い文字で書かれ、答えが合っているのに×になっているものも多数ありました。

 名進研入会と前後して書道を始め、五年生の終わり頃にはトメやハネを習得でき、気合を入れて書いた答案用紙の字は随分綺麗になりました。

何度も黒星を取った(五年生)

 五年生のテストゼミは、当初授業内容の確認と位置づけて、受講を決めました。ところが勉強せずに受けると、当然点数は取れません。〈前期〉TN1→TN2。TN2でも黒星。〈後期〉TN1→TN2→TN1と推移しました。何度も黒星を取ることから、普段の勉強のやり方の悪さを感じていました。

 後期からは私も黒星対策として、点数の取り易い理科と社会を中心に、勉強を手伝い始めました。それまでは食卓で勉強していましたが、冬からは居間に勉強机を置き、食卓と居間の勉強机を使い分けながら、勉強時間を増やしていきました。

最後にモチベーションを失った(六年生)

 六年生になる頃には、理科と社会は得意科目になり、俊秀クラスは一度も落ちることなく、プレ中学入試も常に百番以内を維持していました。東海中プレ入試が絶頂で、合格確実と思える結果でした。

 ところが、息子はここでモチベーションを失い、勉強に身が入らなくなりました。勉強せずに、良い成績をとれるような気になっていました。案の定、最後のプレ中学入試は六年生になって初めて順位を大きく下げました。その後もうまく持ち直せずに、息子は投げやりになってしまいました。どちらかというと順調だった受験勉強が、終盤でどうすれば良いかわからなくなりました。この頃は、保護者会資料の『合格への扉』や合格体験記を何度も読み返しました。

 結局、大きな建て直しはせず、今ある力をしっかり発揮させようと思いました。『合格への扉』に書いてあることをしっかりと守りました。朝早く起きて計算を数問と漢字の書き取り、勉強は入試直前対策講座と過去問の解けなかったところをやりました。やることを、表にして日々の結果を書き込ませました。第一志望校受験前の一週間は、インフルエンザ対策で、学校を休ませました。

名進研にしてよかった(受験を終えて)

 入試が始まり、過去の面接の内容や各校ごとの試験の様子など多くの情報提供はもちろん、受験校までの友達とのおしゃべり、正門での先生方の激励など、親子共々おおいに助けられました。

 中学受験本番は、本人、親、先生と仲間たち、みんなで戦う団体戦の様でした。所属校から多くの仲間が東海中学校に受かり実に嬉しく、頼もしく思っています。

 

~母~

補足として記載します。

① 息子は、丈夫とは言えず、体調の管理には心を砕きました。ストレスがかかると元々の弱点からほころびが出るようです。五年生の十一月~十二月に、耳の病気をしました。学校を二週間欠席し、その前後を合わせて約一ヶ月間、名進研を含む、受験勉強から離脱していました。耳鼻科の先生が首をかしげるような状態が続きました。

② 六年生の【第2回 東海中プレ入試】の直前の二週間、普段勉強を見てくれていた父が仕事のため、家を留守にしました。息子は自力で乗り切り、成績を上げ、大いに自信を深めましたが、それが慢心につながりました。これは親にも隙がありました。その後の軌道修正に苦労したのは、父の文章の通りです。

③ 全てが終わり落ち着いた三月上旬、久しぶりに所属校の先生を訪ねた息子が、帰りの車の中で「名進研に来ると、ほっとするんだよね。」とポツリ。先生に恵まれた三年間でした。多謝。

親の役割

 ありがとうございました。五校を受験し、鶯谷中学校・金城学院中学校・愛知淑徳中学校・滝中学校と四校に合格し、本人が一番行きたがっていた滝中学校に入学することが出来ました。

 二年前の長男に次いで、二回目の中学受験を終え、振り返れば色々なことがあったなと、思い出します。兄が五・六年生の頃は、実力テストの会場が別々で、片親が都合の悪い時は、午前中は兄の会場に一緒に行き、待っている間に試験勉強をし、午後から本人の試験場に移動するといった強行スケジュールもありました。

 二年生の春期講習から名進研にお世話になりましたが、宿題や提出物を出さない兄と比べ、まじめでコツコツやるタイプで、安心して見ていました。しかし、名進研で問題に答えられない時に、シクシク泣いてしまうことがあると先生から聞き、精神的な弱さが心配でした。

 六年生の夏期講習では、名駅校まで電車で通い、帰りに所属校に寄って、復習をしてから帰宅していました。しかし、思ったように成績が伸びず、うつ状態になり、心配な時期もありました。その時、所属校の先生たちが、温かく見守ってくださり、家庭での学習のコツを教えていただきました。親も、本人が頑張っているのだから、合格した学校に縁があったのだと思うようにしました。

 一月から二月にかけての受験期間は、学校を休ませようかと思っていましたが、本人が休まなくて良いと言ったため、本人の意志にまかせました。プレ中学入試の成績も終盤になって上昇し、南山中学校女子部の合格も可能性があると言われるまでになりました。

 鶯谷中学校と金城学院中学校は面接がありましたが、本人は非常に落ち着いていて、金城中学校の面接では、面接官の質問に対して、「それは、具体的にどういうことですか?」と逆に質問する場面もあり、たくましくなったと感心しました。

 上記二校の合格が決まり、南山中学校女子部の試験も「算数がいつもより出来た。」と、手ごたえがあったようでした。結果は不合格でしたが、翌々日には愛知淑徳中学校の合格通知が来て、滝中学校の試験に向けて気持ちの切り替えが出来ていたようです。いつものテストと同じように、落ち着いて試験を受けていました。「どうしても滝中学校に合格しなければいけない。」というプレッシャーがなかったようです。

 兄の時は、すべてが初めてで、親の余裕もなく、第三志望校合格に終わりました。親が落ち着いて見守ることが、好成績につながるのかなと感じています。末っ子の妹が現在、三年生で後を追っていますが、三人三様の性格で、同じ学習方法では成績が上がらないと思います。それぞれの性格に合わせた指導で、一人でも多くの生徒が勉強好きになって欲しいと思います。今後とも細かなご指導をお願い致します。

受験も通る道

 名進研には一人息子が四年生のピラミッド倶楽部から名駅校でお世話になりました。四年生の夏期講習・冬期講習に参加し、五年生の春から練成教室に入りました。五年生はAクラス所属で六年生からSクラスに上がることができました。テストゼミは六年生から参加し、KS2始まりで最終はTN3でした。社会が苦手で六年生の二学期に所属校の先生にアドバイスとご指導を受け、プリントで特訓など授業以外にも目をかけていただきました。参考になるかわかりませんが、中学受験生活について我が家のケースを書き出してみます。

☆名進研には休まず通う。名進研へ通うのを嫌がることもなく六年生になってからは、行き帰りを一人自転車で通いました。(気分転換になっていたかな?)

☆自習室を利用する。六年生の夏期講習以降ですが、初めはお友達に誘われて自習室に一回行った後は毎回欠かさず行き、授業後に宿題をやってきました。(その分、家ではゲームや漫画、テレビ。いつもの様子でした…)

☆テスト結果に一喜一憂しない。良いときは褒め、悪いときは小言を言いたくなりますが次回につながるように温かい目で見守る!(難しいです…)間違いはその後わかったか聞いてみる。(大抵わかったと言います?)

☆困ったこと、わからないこと、悩み事は先生に相談し、アドバイスをもらう。親子とも先生頼り!でした。

 一月に入ってからは特にいつもどおりに接し、家庭では明るい雰囲気でいられるとよいかと思います。(なかなか難しいですが…)家族が元気でないといけないので、お母さんが疲れたときは、先に休みましょう。(子どものほうが体力はあります。)

 本番近くになると、受験も通る道で結果はそのときの状態(体調、精神面、今までの学習量)でどんな結果になっても受け入れようと思っていました。息子には「受験校四校はどこもいい学校なので、どこに入っても大丈夫」と伝えました。

 試験当日の朝食もカフェオレにパンのような簡単なもので普段どおりにしました。少し緊張して受験校に到着しましたが、校門前で先生方に声をかけていただけ握手でき、息子も力をもらえたようです!

 直前の保護者会のお話で、「試験の合否をその都度本人に伝えるか、全部の試験を終えるまで伝えずにいるか確認を」と言われ、息子に聞いたところ、「四校終わるまで言わないで欲しい(先生と家族には伝える)」とのことでした。そのおかげで最後の第一志望校・滝中学校まで力を落さず頑張れたと思います。

 そして…四校無事合格!できました。これも先生方の熱心なご指導のおかげと、息子の頑張りによるものです。

 これから受験のご家族の皆様、お身体に気をつけてお子さんと仲良く過ごしてください。頑張った結果はどこの学校に決まっても、必ず良いものになると思います。

 名進研でお世話になり中学受験という貴重な体験ができたこと、息子には辛いこともあったかと思いますが、親としてはありがたく思っております。

 最後になりましたが、いつも支えていただいた所属校の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。

 ありがとうございました。

 長男の中学受験が終わり、もうあんな大変なことはと思っていたのが、三年前でした。次男がもし望むのであればその時考えればと思い、しばらくゆっくりしていました。しかし、長男の学校へ足を運ぶたびに、「やっぱりこの学校を選んでよかった。次男もここに通うことができたら。」と思う気持ちがどんどん強くなっていきました。

 四年生の夏休み前に次男に「南山中学校男子部はすごくいい学校だよ。あなたも行ったらとっても楽しいかも。」と言うと、「僕もいきたいなぁ。」という返事が返ってきました。受験勉強の大変さは長男をみて分かっていたので、その気持ちに期待し、やれるだけやってみようかということで中学受験への道が再び始まりました。

 まずは塾選びから。長男のお友達はやはり名進研が多かったので一度話を聞きに行こうと説明会へ出席しました。繰り返しの学習方法と手厚い先生方のフォローにやり方について行こうと決め、名進研に入塾することになりました。

 四年生のうちはとりあえず名進研に慣れること、勉強の仕方に慣れることを中心にしていたので成績はいまいち。まぁでも仕方ないねと思っていました。

 五年生の前半も今のうちに基礎をしっかり固めてと思い、あまり成績に関してうるさくいうことはありませんでした。ただ、宿題など、やらなければいけないことをやらずに成績が悪い時はしっかり注意しました。五年生後半ともなるとさすがに成績が気になり始めました。ただやはり基礎が大事という考えは変わらず、しっかり身につけてほしいと思っていました。

 この頃になると名進研にも慣れ、成績にも慣れがでてきて、ダラダラした態度が目につくようになりました。なにも長時間の勉強をすることはないのですが、集中力にかけている状態とやることやらずに「できない。」という態度に叱ることもあり、時には激しいバトルとなることもありました。「中学受験は本気であの学校に行きたいという強い気持ちがないと無理。やる気がないのなら、早く名進研をやめなさい。」「やる気がないわけじゃない。あの学校に行きたいからがんばる。」そんなバトルを何回繰り返したことか。

 そして六年生が始まりました。なんとかJSをキープしていましたが、やはり気を抜くとJAに落ちることも。ただ、JAで基礎をしっかり身につけることができるので、私的にはクラスを気にすることはあまりなかったのですが、先生方はかなり気にされていました。

 いよいよ夏期講習。朝早くから弁当と重い荷物をもって出かけていき、講習が終わると所属校へ向かい自習するという毎日でした。一日何十時間勉強していたのでしょうか。本人は嫌がることなく、名進研での生活をそれなりに楽しんでいたようです。ただ後半の授業で、南山中学校男子部他コースを選んだため、授業中おしゃべりしたり、寝ていたりする子がいるクラスでした。本人的にはすごいストレスを感じていたようです。この分の時間はとてももったいないことをしたと思っています。

 六年生後半の始まり、基礎をしっかり、この考えは変えず一日一日の授業を大切にしていきました。あっと言う間に冬期講習。夏期講習後半のことがあったので、クラス選びには悩みましたがやはり目標である南山中学校男子部に向かって進んでいきたいのでこちらのクラスで受験することにしました。やはりこの時期になると夏期講習の時のようなことはなかったので安心しました。

 正念場の一月へ。最終的には南山中学校男子部合格ですが、それまでに自信と勢いをつけるために愛知中学校、春日丘中学校、名古屋中学校を受験し、南山中学校男子部へという道を選びました。この三週間は本当に大変ですが、一つずつ合格を手にし、南山中学校男子部の合格をつかむことができました。本当によかったです。途中先生方と意見が合わず困ったこともありましたが、最終的にはやはり親と子で掴むものだと思いました。

名進研とは

愛知県・岐阜県の中学受験・高校受験の進学塾です。受験生を応援するページを立ち上げました。このブログで卒業生たちの熱い応援メッセージを届けていきます。

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